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131話 それぞれのその後 その3

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 奥に埋もれるようにして置いてあった小さな鞄。
 カデリオの脳裏に映る彼がいつも肩から斜めがけにして持ち歩いていたソレと合致する。
 中を探れば見覚えのある手帳。紙自体も高価な為、平民が持てるはずもない物なのだが、王都での仕事柄支給されたのだと嬉しそうにしていた。

 カデリオを含めた3名の少年達はズースとデボラに救われた後、衣食住だけでなく知識も与えてもらえる機会に恵まれた。
 文字の読み書きに始まり簡単な計算――平民はもちろん、名ばかりの貴族家であってもなかなか得られないモノだが、この手帳の持ち主は勉強がとても好きだったのだ。それがあって彼は王都の方へと連れていかれた。
 カデリオ自身も勉強は好きな方で、本は辛い少年期の彼にとって慰めになっていたが、荷運びに従事することになった人物だけは、どうにも勉強は苦手だったようで身体を使う事の方が性に合っていると笑っていた。
 そんな取り留めもない事を思い出しながら、気づけばその小さな鞄をカデリオは抱きかかえて俯いていた。

 自分に気合を入れる様に静かに深呼吸をしてから、部屋の隅っこで椅子に座っているヤッシュの元へ、鞄を抱えたまま向かう。
 それに気づいたヤッシュが座ったまま顔を向けてきた。

「見つかったのか……」
「えぇ、嬉しくない再会ですがね」

 そうだなとヤッシュは低く呟きながら椅子から立ち上がり、部屋から出る。カデリオもそれの後に続き、部屋の外へ出た途端檻越しに手の中の鞄の仇とも言うべき奴らの顔が見えた。
 ヤッシュはそれを気遣ってか、自分の身体をカデリオと檻の間に挟むようにして移動する。

「アンタが希望するならアジト跡へ案内もするが、どうする?」

 重苦しい詰所から外に出た所でヤッシュが訊ねてきた。

「そこに監禁されてたとかじゃあないんでしょ? だったら行ったってしょうがないってもんです」

 沈みがちな声なのにへらりとした様子で返事をするカデリオに、ヤッシュの顔が沈痛な面持ちになる。
 これ以上話す事もなく、ここに留まる理由もなくなったとカデリオが礼を言いながら深く頭を下げて告げれば、ヤッシュとはそこで別れる事になった。
 そのままナゴッツ村からも出て、王都方向へ暫く街道を重い足取りで進む。
 周りに人影が無くなり、何の気配も感じられなくなったので、街道から逸れて藪の中へ入った。

 少し進んでから地面に座り込むと、遺品として返された小さな鞄に額を押し付けた。こんな裏稼業をしている以上、人の生き死にに囚われちゃいけない事はカデリオ自身が一番よくわかっている。
 他人の命を奪ったこともあるのだから、その悲劇が自分に降りかかったとしても嘆く資格がない事も重々承知している。
 だけど…とカデリオはただ沈黙した。


 どのくらいそうしていたのかわからないが、カデリオは額を押し当てていた鞄から手帳を取り出した。
 手帳そのものは高級品で売られていてもおかしくはなかったが、中を開けば放棄された理由がよくわかる。
 びっしりと書き込まれた文字と数字。もう白紙の部分が殆どなくなっており、売り物にならないと判断されたのだろう。
 文字も数字も理解できなければただの模様でしかない。

 最初のページから静かに文字と数字を追う。
 文字も数字もなくなった白紙のページ前まで見てわかったことは、この手帳はほぼ日記に近い。
 何時何があったか、どう思ったか。小さな文字で簡潔に書かれたそれは十分証拠になりえると思われた。

「几帳面なあいつらしい……この情報をどう活用するのかわからないが、是非とも効果的に使ってもらいたいもんだ」

 小さく呟くとカデリオは進行方向を逆に、トクス村の方へと足を向けた。







 戻ってきたナイハルトとラドグースから、ドッガが話していた事を聞いたヴェルザンは眉根を寄せて蟀谷を揉んだ。
 コッタム子爵と言えばなかなかの出世頭で、部下からもかなり慕われていると聞く人物だ。
 ヴェルザン自身が対峙するのはパウルの方だったし、特に人柄にも素行にも問題のない人物の事までは流石に深く調べた事はなかった。何よりコッタム子爵は不正等を嫌っている印象であったし、ホスグエナ伯爵の寄子でもなく事業なんかでも特に大きな繫がりがある人物ではなかったのだ。
 これもヴェルザン自身が調べるのは難しいだろう。ローグバインに放り投げたほうが実りがありそうだと、早々に伝書箱に情報を投げ入れた。

 そこまですればヴェルザンがこの件で出来る事は、今はないように思われたので、もう一つの問題に向き合うかと半割魔石が置かれている机に近づく。
 椅子を引き腰を下ろしたところで、机の上に伏せられた書きかけの手紙を手に取った。

 宛先は村ギルドサブマスター。名前をツネザネ・マツトーという。
 ギルド員達からは村サブ、偶にマツトーさんと呼ばれている。
 西の魔の森が気になると村ギルドマスターが出奔して暫くしてから、その後を追って出かけて行った人物だ。
 名前から察せる通り、生まれはゴルドラーデン王国ではなく、東の大陸で生まれた。父一人子一人で漁で生計を立てていたのだが、まだ幼い頃に父と共に乗った船が転覆。通りがかったゴルドラーデン王国の船が救助したのだが、残念な事に子であるツネザネ・マツトーだけが生き残ったと聞いている。
 そこから何があったのかは知らないが、現在はゴルドラーデン王国の民で、トクス村の村サブを務めている。

 村マス、村サブ、どちらも筆まめな性格ではなく…まぁ村サブの方が少しマシではあるが、出て行ったら帰還するまで一報もいれない事もあったりする。だから村マスの方からの連絡は期待などしていなかったが、追いかけた村サブの方から連絡が届いた。
 それが10日ほど前の事だ。

 『連れて戻る』

 たったそれだけのメッセージ。
 村サブらしいと言えばらしいが、どういう状況になっているのかもわからず、留守を預かる自分の身になってほしいものだと、ヴェルザンがぼやいたところで誰も咎めたりはしないだろう。
 そのくらいには、ここトクスの村ギルドマスターとサブマスターは自由人だった。二人とも腕は確かなので特に心配もしていなかったし、エリィの飛び級について緊急で問い合わせた時も珍しく反応があったので、そろそろ戻るだろうと思っていたのに梨の礫のまま。ギルドの職員にもそろそろ戻ると言った手前、何もしないままと言うのもどうにも収まりが悪かったのだ。

「とはいえ、多分……いえ、間違いなく連絡はつきませんよね…いっそ依頼を出してギルド員を派遣してみるのも手でしょうか。あぁ、でも大地の剣はモーゲッツ大隊長の行方を追ってもらわねばなりませんし、エリィ様達の護衛もお願いしていました。他のギルド員となると……今は死なずに戻って来るのも難しい面々ばかりしか残っていませんね」

 ゆるゆると首を振って盛大な溜息を零す。
 そんなヴェルザンの悩みは翌日事態が進むことになる。



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