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128話 それぞれのその後 その2

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「探索は深森蜂にお任せするとしよっか」

 387匹も探索に赴いてくれているのだから、そちらはお任せでも良いだろう。だけど、その間彼らは食べるものを集める事もままならないのだから、ここは御礼に食事というのは自然な流れと思われる。

「あいつらって何を食べンのさ?」

 レーヴが折角の花の顔を嫌そうに歪めながら訊ねてくるので、エリィが苦笑交じりに答える。

「深森蜂って狩蜂よね? だったら肉食だと思うけど」
「そうですね。他の虫型魔物を襲う事が多いでしょうけど、何でも良いかと思われます。どちらかと言えば彼らにしても動物型魔物の肉は普段得る事が難しいので喜ぶのではないでしょうか?」

 フィルの説明にレーヴが更にげんなりとした表情で唸った。
 確かに深森蜂の毒は強力で大きな動物型魔物も一撃で仕留めるらしいが、巣に持って帰ると言う習性はやはりあるらしく、その手間を考えれば態々動物型魔物を狙う事は普段はしないのではないかと考えられた。
 ならば普段彼らが手を出さない動物型魔物の肉を、彼らが運べる大きさにしておいてやれば喜んでくれるだろう。

 こうしてエリィ達一行は深森蜂への御礼を兼ねた狩りに勤しむ事になったのだが、なかなか蜜蜂を見つける事は出来ないようだ。
 前世で言えば3月下旬で、肌寒い日もあるのは珍しくはないが、早朝とは言え息が白くなるほどの気温と言うのは異常だろう。

 探索をかけていたエリィはふと遠い目をして立ち止まった。
 パウル絡みの方は自分の持つ情報まで加味すれば薄ぼんやりと見えてくるものはあるが、その情報を誰に渡すのかはまだ決めかねていて暫く身動きできないだろう。
 申し訳ない事かもしれないが、被害者たちに思い入れがある訳ではない。ただカーシュやケネス、カデリオ達と関わった事で、せめて彼らが納得できる形になれば良いとは思っている。
 だから情報を渡す相手は吟味したいのだが、その情報もまだ暫く齎される事はないだろう。メールもスマホもないこの世界では、それに準じる魔具はなかなか高級品でおいそれと手に入るものではない為、情報一つ得るにも時間がかかるのだ。
 反対にここに至るまで順調に情報が集まり、動きがあった事の方が奇跡に近い。
 となれば先に精霊の方を片付けたほうが良いのかもしれないとエリィは考えた。
 時間は有限で、ぼんやりしていても過ぎていく時間が無駄になるだけなのだから。

 散々魔物を狩り収納で素材化しながら、エリィ達も小腹がすいたら串焼きにするなどして各自が適宜休憩をとりつつ捜索を続けていたが、日が傾く時間になっても蜜蜂は見つけることが出来なかった。

 捜索を中止し、一旦全員に集まって貰ったのだが、エリィは村から遠い場所で良かったと心底安堵した。
 深森蜂387匹が一堂に会する現場はゾッとするものがある。
 一匹は50~70㎝ほどで、それだけでも十分大きいのだが、その大きさになるとじっくりと見なくても顔がわかるのだ。
 無表情に昆虫特有の機能的且つ攻撃的なフォルムが、ずらりと並ぶ様は心臓に大変宜しくない。
 とはいえ、この群れの長である女王蜂には一度ちゃんと会っておきたかった。
 やはり周りの蜂よりも一回り大きいのだが、女王蜂はエリィから呼ばれるとすぐに静かに歩いてきて、少し離れた正面で止まるとじっと見上げてきた。

 名前を付けたほうが良いのだろうか……まぁ気に入らなければ受け入れないだろうからとつける事に決める。

「女王の、というか群れの名前になるのかもしれないけど、そうだなぁスフィカって呼んで良い?」

 すると女王蜂がエリィの足元近くまで進み出てきて、その上肢を伸ばして来た。
 その様子に一瞬目を瞠って固まったが、ふぅと小さく息を吐いて気持ちを落ち着けた後、エリィが自分の手を女王蜂の上肢の方に伸ばすと、その手にそっと触れてきた。
 触れて来ただけでなく、スリスリとエリィの手に頬擦りまでしている。
 女王蜂に対して掌握なのか、主君スキルが発動しているのか知らないが、こんな行動をとられれば可愛いと思ってしまうではないか。
 正直姿は怖い。色は黄色ではなく緑色に置き換わっているが、前世のオオスズメバチに似た姿をしているのだ。これで怖くない方が不思議だろうと思うのだが、愛好家さん達なら可愛いと思うのかもしれない。
 だが怖いと思っていても懐いてくれるなら話は変わる。

「……ちょっと…可愛い…かも、これからも宜しくね」

 微かに頷いたように見えた女王蜂たちに、またお願いねと解散させた後、エリィ達も宿へ帰還することにした。








 ―――時間は戻って

 トクス村東側門番詰め所にナイハルトとラドグースの姿があった。
 東側と言うのはエリィ達が入村した時の門で、ザイードが主に担当している場所だ。

 ギルド舎を後にした後、真っすぐ詰所へ向かったのだが、壁の上で警戒にあたっている隊員は欠伸をするばかりで、本当に警戒になっているのかどうか怪しい。
 やはりというか、真面目なザイードの方が珍しいのだろう。
 手直に居た隊員を捕まえる。

「ドッガさん探してるんだけど」
「………ぁ?……ふああぁぁぁ……」

 欠伸をして再び舟をこぎかける隊員を、ナイハルトはゆっさゆっさと揺する。

「ちょっと! 寝るんじゃないわよ! あんた達お仕事しないでどーすんのよ」
「……ぁ、な……んだ? あぁ、もう交代か……」
「寝ぼけてんじゃないわよ!!」

 バシンと小気味良い音を響かせて、ナイハルトが寝落ちしかけている隊員の後頭部を叩いた。

「!!!ってえええ……ぁ? あれ……」
「ちょっと、目、覚めた?」
「あ、あぁ……すまん、寝ちまってたか」
「アンタたちこの村の警備がお仕事でしょ!? なのに何なのよ、その弛んだ様子は」

 ナイハルトがふんと鼻を鳴らす。

「いや~、そうは言うけどよ、もう随分と村の入り口側は平和なもんでさ、喧嘩一つおこりゃしねぇし、へへ」
「へへ、じゃないわよ! 西側警備より確かに平和だろうけど、弛みすぎよ」
「まぁそうキーキー言いなさんな。こっちは真面目な奴らも居るから大丈夫なんだよ」

 当事者であるザイードを始めとした『真面目』と評される者達が納得しているのなら、確かに部外者が口出しする事ではないのかもしれないが…。
 肩で大きく息をしてからナイハルトは、どこか憮然とした表情のまま訊ねる。

「それで? ドッガさんに会いに来たんだけど、彼って東門だと警備隊舎で聞いたのよね、どこに居るかしら?」
「ドッガのおっさんか……この時間なら門の外かもしれねぇ」
「門の外?」

 想定外の返事にナイハルトが目を丸くした。

「おう、あいつ、大抵この時間は外に張った罠を見に行ってるんじゃなかったかな」
「罠って……ちゃんと魔物警備してるのね」

 ナイハルトの返答に、捕まった門番がひらひらと手を振りながら苦く笑う。

「違う違う、獲物用の罠だよ。隊の飯じゃ足りないとか言ってな」

 確かにトクス村は最前線ではないが、大事な中継地点であると同時に前線ではあるのだ。西側に広がる魔の森……それに対峙する最前線の拠点を支える場所であるはずなのに、この弛みっぷりはなんだろう……と、ナイハルトは苦い顔をしたまま蟀谷に手を添えた。
 そんなナイハルトの態度に門番が薄く笑いながら首を振る。

「緊張感がないって言いたいんだろうけどよ、ずっと緊張なんかしてられるもんじゃねーのさ。弛んで見えるだろうが、これでも夜間の見張りは東も西もかわんねぇから。夜勤明けの反動ってやつ?」

 確かにナイハルトはギルド員で傭兵業やハンター業をこなしてはいるから、こうして終始守りに徹する仕事とは縁が薄い。
 トクスを守る任についている彼らの苦労などはわからないのだ。そう考えれば結構言いたい放題だったナイハルトに拳が飛ばなかったという事は、この門番はかなり性格の穏やかな気のいい奴なんだろう。
 だけど…とナイハルトはすっと目を細めて過去を思い出す。自分がティゼルト家に仕えていた頃を……今はない自分の居場所を。

 記憶の海に沈んだナイハルトの様子に気づいたのか、ラドグースが門番に軽く礼を言って別れた。

「おい」
「………」
「こんにゃろ、返事くらいしやがれ」
「……ごめん」

 ガシガシと頭を一頻り掻いたラドグースは眉根を寄せたまま、ナイハルトを引きずって門の外へと足を向けた。



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