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101話 レーヴルナール
しおりを挟む大狐の了承を見てから、エリィがフィルに頷いて合図すると、途端に魔法の拘束は消え失せた。
エリィは顔を大狐の方に戻し、軽く観察する。
拘束を解かれても大人しく身を横たえたままの彼女の瞳は、とても澄んでいて穏やかだ。狂化していた時の金色は、ただただ派手で攻撃的な印象だったが、それが解けた現在は、確かに派手ではあるものの上品な印象を受けるから、不思議に思ってしまっても仕方ないだろう。
そして彼女にもやはりフィル同様、消えかけた魔印が胸元に見える。
彼女もまた『エリスフェラード』の眷属だったのだろう。欠片の守護をしていた事からも、それは容易に想像できた。
「えっと……私の事はエリィと呼んで。フィルから聞いてるかもしれないけど」
エリィからは見上げるほどの大きさなので、そうとは見えないが、神妙に頭を垂れていた大狐が微かに目を瞠っている。
そして口をはぐはぐと動かすが、グゥと唸り声が出るばかりで、その表情は徐々に曇っていく。どうやらうまく声が出ないようだ。
大狐は暫くそれを繰り返していたが、すんと表情を消すと口を引き縛り、ゆっくりと瞼を閉じた。
どうしたのかと様子を見守っていたが、輪郭が識別できないほどの光を放たれ、エリィ達は眩しさに目を眇める。
徐々に光は収まったが、こちらの視界は眩しさのせいか未だ何となく白い。それも徐々に落ち着いて周囲が色を取り戻すと、先程まで大狐が身を横たえていた場所に一人の女性が立っていた。
見事な金髪を何故か日本髪に結い上げているのだが、髷の部分は結い上げずに下ろしたままで酷く艶っぽい。鬢の解れ毛さえも、艶やかさに拍車をかけているようだ。
金色の瞳にかかる睫毛は長く、唇は紅い。襟元を大きく開けた着物ドレス(何故異世界で着物ドレス!?)に身を包んでいるが、その意匠は狐花…つまり彼岸花で、金糸銀糸を交えて大きく鮮やかに描かれている。
しなやかな脚線の先を彩るのは、これまた誰のデザインだと問い詰めたくなるような紅いピンヒールだ。
合わせから覗く胸元も足も、どうしようもなく艶めいているのに、下品に見えないのが不思議でしかたない。
傾城という言葉が似合いそうな彼女は、ふぅと小さく息を吐き、右手で軽く喉元を押さえ、何度か声を試した後、エリィ達に向き直り深々と一礼する。
「レーヴルナールと申します。エリィ様の御前に参ずることが出来、この上ない喜びにございます」
これまた姿に見合った艶やかな声で、苦し気に目を伏せている様も相まって、色気が天元突破しそうになった所で、フィルの涼やかな声が底冷えする程の冷たさを纏って一刀両断にした。
「エリィ様のお手を煩わせるなど、あるまじき失態を犯したくせによく言いますね」
執事姿の時ならともかく、極上ふわふわなシマエナガ姿で言われてもギャップが酷過ぎて耳を素通りしてしまうが、レーヴルナールと名乗った艶美人にはがっつり突き刺さったようだ。
「ァンだとてめぇ……精霊の癖に態度がデカいんだよ! ンっと粋じゃないねぇ」
やれやれと両翼をお手上げポーズに首を横に振るフィルは、どこか不敵で黒い笑みを浮かべているように見える。
極上ふわふわが堕天してしまったようだ。
「まったく相変わらず聞くに堪えない言葉遣いですねぇ。本当に残念でございます」
レーヴルナールの方に向けていた顔をくいっとエリィの方へ向けると、全身で向き直り、フィルが恭し気に頭を垂れながら、何故か喜色満面にエリィに提案をしてくる。
「もう狂乱の色も見えませんし、浄化治癒も完了しております。
ただ残念極まりない事ですが、このような下劣なモノでもエリィ様に連なるモノですので処分はできません。しかしエリィ様のお近くに置くことは推奨できません。
このまま外に放逐しては如何でしょうか?」
真っ黒な何かを背後に纏わせるフィルに、本人とレーヴルナール以外の全員がビクリと竦み上がる。
「ンなろうが……黙って聞いてりゃいい気になりやがって! アタシはエリィ様の側近の一人だ、おめぇなんぞの言葉に従う義理はねぇんだよ!」
艶美人がどすの利いた怒声を吐き出し、それを黒いフィルが受け流すこの演目に、彼ら以外の全員が及び腰で辛うじて引き攣った笑みを顔に張り付けている。
「側近等と烏滸がましい……それで、如何でございましょう? こやつはここまでという事に」
黒いけれど、とっても良い笑顔でエリィに迫るフィル。
「エリィ様! アタシはずっとお待ちしておりました! どうかどうか、また御傍において下さいましな!」
さっきまでどうみてもその筋の『姐さん』と言っても過言ではないと思われたのに、一転してエリィに涙ながらに両手を祈るように組んで懇願するレーヴルナール。
この場の全員の視線がエリィに集まる。
(これを……どうしろと?)
引き攣った笑みを浮かべた顔に冷や汗が流れ落ちる。
「ぁ~…っと、フィルが頑張って助けたんだし、レーヴルナールさんだっけ、彼女が嫌じゃなかったら、一緒に行くのもアリじゃないかなぁと思っ…」
「!!」
バラしてはいけない事だったのだろうか、黒い笑みを張り付けたままのフィルにギンと睨まれてしまった。
それと対照的にレーヴルナールは、表情から怒りの感情が抜け落ちたように、ポカンとしている。
「し、仕方ないでしょう! 貴女があの状態では問題でしかありませんでしたし!」
「それはその……スマンかった」
二人の様子についていけないのはエリィ達だ。首を傾げているとレーヴルナールが気づいたようで、眉尻を下げながら言葉を選ぶ。
「その、何て言えば良いのか…なんだっけ……」
何かを思い出そうとしているのか、レーヴルナールは必死に頭を捻っている。
「思い出した! 本社勤務が羨ましいらしいんですって! エルが言ってたよ」
もはや口調は崩れ去ったようだ。畏まられるよりはずっと良いし、問題も思いつかないので指摘はせずにそっとしておく。
それはそうと本社勤務とはどういう意味だろうか? 疑問に思っているとレーヴルナールが言葉を続けた。
「社長の近くで優雅に働いているのが本社勤務で、地方で齷齪してるのが支社勤務なんだって! で、アタシは本社勤務でフィルは支社勤務の社畜クン! そんなイメージだってエルが言ってた!」
聞いたエリィは自分の笑みが渋くなっていくのを自覚していた。見ればどうやらアレクも渋い顔になっているが、それ以外はよくわかっていないようだ。
(エルフレイア嬢、貴方の社会と言うか会社への認識を小一時間問い詰めたい……ぃゃ、否定できない部分もあるだろう事が厄介ではあるが…。
というか、エルフレイア嬢の影響力半端ないでしょ、これ)
「でも、今は本社も支社もないんだし、そんなに邪険にしないでほしいな~。って訳でヨロシク!」
大きく息を吸ったかと思うと、盛大な溜息に変換したフィルは、軽く首を横に振りながら力なく呟く。
「全く貴女は…、せめて今の間くらい取り繕おうとか思わないんですか……すっかり素の話し方になっていますよ、気づいてるかどうかは知りませんが」
「げ……」
しまったと言わんばかりの表情で、何処から出したのか知らないが、着物ドレスと同じ意匠が美しい扇でレーヴルナールが口元を隠した。
「ま、もうバレちゃったわけだし、いいよね? で、そう! エリィ様、アタシの命名も宜しくね! やっとこさ会えたんだし、アタシ離れる気ないからね?」
レーヴルナールから扇越しに視線を流されて、蛇に睨まれた蛙状態になったエリィを誰も責める事は出来ないだろう。
(もしかしてツンデレラヴ展開とかあるのか!? とちょっとwktkしたのに……私のときめきを返せ)
同じ名前を再び与え、更に魔力交感、プレートへの従魔登録と一連の作業を行えば、エリィは暫く異空地の大地と友達になる事を余儀なくされた。
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