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100話 スキル『掌握』

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 瞼裏まで白かった視界が徐々に明度を落とし、風景に色が戻って来る。
 それに気づき恐る恐る顔を向ければ、掌の上にルゥと同じ色彩を持つ輝きが見て取れた。
 キラキラしすぎて細部が一見ではわからないので、じっくりと観察する羽目になる。
 しっかりとした触覚、6本の脚に大きな腹、そして何より特徴的な……攻撃的な頭部。

(どうみても蜂じゃん!? じゃなくて受粉用の道具は!?)

 若干腰が引けたまま掌を凝視していたが、一瞬姿が揺らぐとそのまま陽炎のように儚く消えていた。

【蜂族を掌握したんですね。流石は主君です】
「い、いやいやいやいや、欲しいものを考えろとか言ってたじゃない!? それなのに何故昆虫!? 道具はどこ!?」

 あわあわと自分の周囲を見回すエリィを、ルゥは涼しい顔で見ている。イモムシの表情などわからないだろうと言われるかもしれないが、そう見えるのだから納得して欲しい。

【欲しいものですか? 『主君が今必要としている事』とは言いましたが『物』とは言ってませんよ。それで何を必要だと考えたんです?】

 ルゥの言葉にエリィはぅ゙と唸るが、がっくりと肩を落として項垂れるた後、のそりと顔を上げ辺りを一瞥した。

「果樹の苗も結構持ってきてくれたじゃない? それにここ広いし、受粉が大変そうだからその道具が欲しいなって思ったのよ」
【なるほど! だから蜂族だったんですね。確かに受粉作業は大変になりそうですから、助かります!】
「助かるって言ったって、蜂なんかここに居ないじゃない」
【どこかからか連れてきてください、それが為の掌握スキルです】
「………はい?」
【はい?】

 何度も言うが表情などわからないだろうと言うのは、概ね同意する。同意はするがそう見えるのだから仕方ない……ルゥが良い笑顔で小首を傾げている。

「いや、だから! スキルって?」
【! そうですね! 何の説明もしてませんでした!】

 イモムシのてへぺろなんぞ見たいわけじゃないのだが…。

【あの繭はスキル付与効果があるのです。何と言っても優れモノなのが、付与されるスキルをある程度選べるんですよ! 凄いと思いません?】

 ルゥが得意気に上体を逸らし上げている。

【今回の場合主君は受粉の事を考えたんですよね? だから受粉の手助けになる蜂族を掌握したと、そういう訳です!】

 もし書き文字が見えるなら、ルゥの背後にはデカデカと『えへん!』の文字が見える気がした。

「そういう訳って……つまり私は蜂族を操れるって理解で間違いない?」
【はい! 受粉だろうが採集だろうが、なんなら攻撃させたりもできちゃいますよ!】

 ずっとエリィとルゥの会話が続いているが、アレクとセラはついていけないという表情をしていて、ムゥに至ってはまた何かの収穫を楽しそうにしている。
 ついていけない他人の会話を聞いているのは暇だったのだろう。
 フィルはそもそも近くに居ない。離れた場所でまだ意識が戻っていないらしい金色毛玉の世話をしている。

「攻撃か……受粉以外にも存外有用だったり?」
【付与繭作成は私の独自能力ですからね! 有用に決まってます! ただ、その……次の付与繭を作れるようになるまで暫くかかりますが】

 普通に考えてスキルを付与できると言うだけでも、とんでもない能力だと思われる。恐らくだが、素質がなくてもあの繭であれば望みに近いスキルを手に入れる事が可能だろう。
 そう考えれば、連発できなくて当然だ。
 もっとも掌握される蜂族にしてみれば、歓迎すべからざる事態だろうが、希望通り受粉にも有用なのだから、有難く活用させていただくとする。
 実際『掌握』で何をどこまで出来るのかは、実際に捕獲してからの検証になるだろうが。

「うん、ルゥありがと。使いこなせるよう頑張るよ」

 エリィがひょこっと頭を下げると、ルゥが途端に慌てだし、並ぶ小さな前足を不揃いに動かす様子が可愛い。
 イモムシを可愛いと思える自分に苦笑が洩れる。だけど、ルゥがもしムカデとかだったりしたら可愛いと思えたかは自信がない。まぁ慣れれば思えるのかもしれないが。
 何にせよまずは外界で蜂族を捕まえて来なければならないだろう。それも蜜蜂系。狩蜂も居ても良いが、優先するのは蜜蜂だ。

 異空地の滞在時間は外界の時間経過に影響しないせいか、エリィ達は呑気に雑談したり寛いだりしている。
 今は地面に敷物を敷くくらいしか出来ないが、そのうち家具なんかも作るか持ち込むかしたい所だ。

 先ほどムゥから収穫物の受け渡しをしてもらった。一々ムゥの収納から出してもらってから、エリィの収納へ入れるのかと思っていたが、どうやら設定さえ同条件なら、ムゥの収納からエリィの収納へダイレクト接続が可能らしく、一瞬で終わってしまった。
 ルゥに色々と教えて貰ったのだろう、エリィの知らない薬草の事も嬉しそうに話していたが、収穫物の収納間移送が終われば、再び収穫へと戻って行った。

 そんなまったりとした時間を久しぶりに過ごしていると、フィルが近づいてくるのに気が付く。

「フィル、お疲れ様。そっちはどう?」
「はい、今御報告をしても?」

 地面に座ってムゥから渡された収穫物を確認しているエリィのすぐ横で、大きなシマエナガがコテリと窺うように首を傾けた。
 それに頷く事で返事をする。

「浄化、治癒に少々時間がかかりましたが、容態は安定しました。先ほど気付けも施しましたので、間もなく意識を取り戻すかと思われます」
「そっか、じゃあ行った方が良い…のかしら?」
「叶いますれば」

 こくりと頷いた後、地面から立ち上がり、だらしなくヘソ天爆睡しているアレクを起こし、その横で大人しく丸くなっていたセラも起こす。
 収穫や世話に勤しんでいるムゥとルゥにも声をかけて、全員で金色大毛玉の方へと足を向けた。

 近くまで来て改めて見てみれば、本当に大きな狐だとしみじみ思う。
 戦闘後だった為、血痕や汚れも酷かったが、それらはすべて拭い去られていた。フィルの浄化と治癒のおかげだろう。
 顔の方へと意識を移せば、既に薄っすらと目が開いている。とは言っても焦点は定まっておらず、まだぼんやりとしているようだ。

「もう少し近づいても大丈夫?」

 フィルを振り返って訊ねると、首肯と共に返事があった。

「はい、もう狂化は解除されています。ですが念の為、手足と口の拘束はしたままにしております」

 確かに口はしっかりと縄のようなもので縛られている。だが普通の縄ではなく、半透明でそれ自体が淡く光を放っているので、魔力の縄か何かなのだろう。
 毛のせいで見えていないが、両手両足も同様に縛られていると思われる。
 そうしているうちに、大狐の瞳に光が戻り、焦点が定まってきた。
 視線が向けられたことに気づき、エリィ達は若干の緊張と共に向き直ると、小さく声をかけた。

「大丈夫? こっちに戦意はないの。だからそちらが襲ってこないと確約してくれるなら、拘束も外してもらえると思うんだけど、どう?」

 大狐は艶やかな金色の瞳をこれ以上なく見開いたかと思うと、微かに首を縦に揺らしながら瞬き一つ返してきた。



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