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95話 オリアーナとゲナイドの遅い昼食後
しおりを挟む階段を降り1階へ着き玄関へ向かうかと思いきや、パウルは階段横の然程大きくないクローゼットの前に立つ。
それを開くと中につり下がっていたコートのうち、かなり地味なものを手に取ると、何故か同じように釣り下がっていた衣服を脇へとずらした。
するとどういう事だろうか、クローゼット奥に背板はなく、ぽっかりと大穴が口を開いていた。
パウルはコートに袖を通しながら、クローゼット奥へと入り込み中から閉じると、後には2階から片付けの音がするばかりの空間が残った。
一方エリィの部屋を後出たオリアーナとゲナイドは、施錠音を確認した後、並んで玄関の方へと足を向けた。
途中、厨房奥に女将の姿を認めると、夕食についての話をしにオリアーナが離れるが、ゲナイドはぼんやりとそれを待っている。
「なんだ、先に出ててくれて構わなかったんだぞ」
ゲナイドが手持無沙汰そうにぼーっと突っ立っているのを見て、オリアーナが呆れたような表情を浮かべた。
「え、まぁそうなんですけどね。お嬢の行先と予定を確認させてもらってなかったもんで」
右手で後頭部を軽く叩きながら、しどろもどろと呟く。
「あぁ、そういう事か。私は監視対象になる訳か」
ククッと肩を揺らして屈託なく笑うオリアーナの言葉に、ゲナイドの方が青くなる。
「そんなわけないでしょ! ぁ、いや、すんません……大声出しちまった」
大声に驚いたのか、厨房からこそっと顔を覗かせていた女将に、申し訳ないと眉尻を下げペコペコと何度か頭を下げた。
女将が笑顔で首を横に振り、厨房へ戻って行ったのを見届けると、ゲナイドはオリアーナに向き直る。
「勘弁してくださいよ。お嬢を監視なんて、これっぽっちも思っちゃいませんて」
「悪かった。本気で思ってないから安心してくれ」
「お嬢を監視なんざ、亡き御大将に顔向けできねー事しませんよ」
「それはそれで、どうかと思うがな。必要ならして貰わないと困るんだが」
がっくりと肩を落としたゲナイドの顔は、いつもより何倍も疲労感を湛えている様に見えた。
「それで私の行先と予定だったか…。行先はさっきも話したように隊舎にある部屋だ。そこに探し物をしに行こうと思ってる。ただ、もう何年も存在さえ記憶の端っこに追いやっていた物だから、すぐ見つかりそうになくてな。夕食時間に間に合う自信がないという訳だ」
「なるほど。了解ですぜ。それじゃまた明日…ですかね」
「何事もなければそうなるかな。ゲナイドは部屋で待機か?」
オリアーナに問われ。ゲナイドは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そうしたいのは山々なんですがね。ちょいとギルドの方へ行ってこようと思ってます」
「あぁ、納品か」
「それもあるんですが、もう一人の手配状況を聞いておきたくて、ですかね」
「もう一人? お前たちのパーティは4名じゃなかったのか?」
「4名ですよ。ナイハルトも待機になってますけど、ラドグースと臨機応変に交代等してくれと伝えてますし、カムランは情報収集に忙しい。俺もギルドと行ったり来たりになりますからねぇ…俺がここを離れてる間の護衛を探してもらってるんですよ」
納得したのかオリアーナが頷く。
「そうか、だったら私の予定をずらした方が良いかな。今でないといけないモノではないし」
「お嬢?」
「ゲナイドがいない間の護衛は私が勤めれば、あと一人を探さなくても済むだろう?」
「いや、俺の方はそんなに時間がかかるモンじゃねーですし、まだこのタイミングなら大きな動きはないと思いますんで」
「そうか、まだ釣り針は下ろすタイミングじゃないという事か」
ゲナイドがギョっとしたような顔で身を固くする。
それにオリアーナの表情が一瞬きょとんとするが、すぐに苦笑にとってかわった。
「保護護衛と言うのも本当なんだろうが、囮でもあるんだろう?」
「あ…いや、それは……」
何でもない事のようにさらりと言われる言葉に、ゲナイドが視線を泳がせる。
「多分エリィも気づいてるぞ?」
「!!」
秒の沈黙の後、ゲナイドは大きく目を見開いた顔を、バッと勢い良く上げた。
「エリィが気づいてなかったり、嫌がる様なら物申そうと思ってたんだがな。エリィ自身が至って普通に流してたから言わなかっただけだ」
「すんません……反対はしたんですが」
「まぁ渦中の者の気持ちや都合なんぞ忖度はしてくれないからな……で、何処の主導なんだ?」
「第2騎士団団長からのねじ込みだって言ってましたよ」
そこでオリアーナが眉根を寄せ、微かに首を捻った。
「いや待ってくれ、この短時間でどうして騎士団が口出ししてくるんだ?」
オリアーナの疑問も当然だと思ったのだろう、ゲナイドがうんうんと何度も首を縦に振っている。
「普通ならありえないんですがね、タイミングが最悪だったようで」
「というと?」
「馬鹿ウルが怒鳴り込んできた後、一応すぐに第2騎士団副団長に報告を入れたらしいんですよ。ですが、どうやらその報告が団長のケッセモルトの目に触れたらしく、すぐさま返信がきて、囮にでも何でもして尻尾を掴めと……糞きったない字で書いてあったと聞いてます。
その後には副団長のビレントス卿から謝罪文が届いたと言っていましたよ」
「ビレントス……。ぃゃ、あの短時間でそのやり取りがあったというのも、俄かには信じがたいんだがな」
「ケッセモルトも崖っぷちって事なんですかね?」
「団長就任以来、部下の手柄を横取りする事でしか、報告も上げられない状況らしいからな。崖っぷちと言うならそうなんだろう」
「それだけに留まらないって、もっぱらの噂ですがね」
「……まぁ中央の思惑が絡んだというのはわかった……だがエリィはこの国の民でもないのに、良い様に使われるというのは、私が気に入らない」
オリアーナの凛とした顔に剣呑とした色が加わり、周囲の温度が少しばかり下がったような錯覚にとらわれる。
久しぶりにそんな表情を見たゲナイドは、自分がまだティゼルト家のお抱えだった頃に戻ったような気持ちになっていた。
途端に色々な記憶と感情が蘇る。
オリアーナには兄と姉が居り、どちらも魔力を持ち貴族らしい貴族と言えた。
当然のことながら当時の当主である彼らの父親も魔力を持っていたのだが、オリアーナだけが魔力を持たずに生まれてきた。
ここゴルドラーデンでは魔力の有無が重要視されており、魔力を持たざる者は貴族に非ずと言って憚らない。それどころか人に非ずとまで言う輩もいる。
もっともここ最近は、貴族と言えど魔力ナシなど珍しくもなくなってきているのだが、ずっと拠り所としてきた事だけに受け入れがたいのだろう。
まだティゼルト家が辺境の守護をしていた頃、辺境伯家の子3人の中で誰が一番次期当主に相応しいかと、対立する程ではないが意見がよく出されていた。
兄君や姉君には申し訳ないが、次期当主として相応しいのはオリアーナだとする意見が多かったのは事実だ。
そのせいでオリアーナは若干16歳にして家を出て、ギルド員となる道を選んだのだ。
ゲナイド自身も自分が仕えるならオリアーナが良いと思っていた事を思い出して、少しばかり苦い思いに唇を噛む。
剣の腕だけでなく、心の強さや優しさ、どれをとってもオリアーナが抜きんでていたのにと、未だに思ってしまう自分に、ふと苦笑が浮かんだ。
自分を落ち着かせるようにすぅっと息を吸ってから、笑みを深くすると気持ちを切り替える。
「全くです。その為にもエリィから離れてする用事は、とっとと終わらせてしまいましょうや」
「……まぁエリィ自身も戦えるし、釣り針が下ろされてからの方が危険なのは確かだな」
オリアーナは納得したわけではないのだろうが渋々頷く。
それを見てゲナイドも頷くと、二人して宿の外へと出て行った。
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