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92話 異空地を出て
しおりを挟む「あ、こっちも忘れるところだったわ」
翳したプレートを戻した後、再びエリィがルプスに顔を向ける。
それに気づいたルプスが『?』を飛ばすように、頭を90度傾けた。
「呼び名が必要なんですって、だからルプスの事は今後『ルゥ』って呼ぶわね」
【はいです、主君!】
その後はルゥやフィルに言われるまま、植えた物ごとに時間経過や温度湿度、天候などを設定していくと、いつの間にかかなりアレク、セラ、ムゥを待たせることになってしまったようで、彼らは団子になって眠り込んでいる。
視界の端にそれを捉えると、エリィの口元に小さく苦笑が浮かんだ。
最後に結晶樹と結晶草の所へと足を進める。
ルゥに言われるまま、時間経過は少し早めにする。温度や湿度他はあまり気にしなくて良い様だが、暗い場所を好む性質らしく、常時曇天に…何なら常時夜でも構わないからとお願いされた。
「これで終わりかしらね」
【はい、通常種の薬草類の成長速度は今回に限りかなり早めにしてますから、あと1時間もあれば収穫可能になるでしょう】
ルゥが薬草類を植えた畝を見つめながら言うと、少しだけ不安の色を混ぜた声でエリィが訊ねる。
「そんなに早く成長させて大丈夫なの? 根付くとは限らないんだし、もう少しゆっくりでも良いじゃないかって思うんだけど」
表情は判別できないが、ブルークリスタルな目が笑っているかのように、若干細められている気がする。
【通常種ですから問題ないです。害虫はここじゃ発生しませんし、病気も浄化してますから大丈夫です。時間巻き巻きで成長はさせますけど、ちゃんとその様子は観察して、何かあれば主君をお呼びしますから安心しててください。それと収穫の為にムゥは残して行ってくれると助かります】
言い終えたルゥは、ハタと動きを止めてエリィを見るので、何事?と見つめ返す。
【主君、小さくていいので魔石を一つ頂けますか?】
「ぅん? 魔石なんかどうするの?」
ルゥの願い通りに魔石を一つ収納から取り出す。小さくて良いと言うなら黒ネズミのもので良いだろうと、灰色で丸い小さな魔石――と言っても2㎝前後はあるそれをルゥに渡した。
並ぶ小さな前足で器用に魔石を受け取るが、大きさ的に持ち上げたままは難しかったようで下へおろしてから、ルゥはそれをカジカジと齧り始める。
ルゥの食べ物は魔石なのかと零した言葉は、しっかり聞こえていたみたいで、一旦食べるのをやめると頭を横に振った。
食事そのものは他のメキュト種と同じで何でも食べると言う。それこそ木切れや石ころ、ゴミでも良いとの事で、今魔石を齧っているのは食事ではないようだ。
もっとも結晶樹にくっついていたのを発見されたわけだから、これまで人間種が考えるゴミなどは食べた事はないだろう。
【両手を出してもらえますか? こう、水でも掬うみたいな形にしてくれるとナオヨシです】
魔石を食べ終えたルゥに言われるままの形にしてみると、そのままじっとしていてくれと頼まれる。
エリィの頷きを確認すると、唐突に糸を吐き出し始めた。
「「!」」
呑気に寝ている3名はともかく、エリィとフィルは目を丸くして、手の平に吐き出されるキラキラと輝く糸を凝視する。
糸は3Dプリンターのように下方から層が積み重なって出来上がっていき、最後には繭のような形になった。糸がキラキラしていたので当たり前だが、出来上がった繭のような造形物も、とてもキラキラしい。
【暫く大事にお持ちください。そうですね、主君が今必要としている事なんかを考えてみたりしてくださると良い結果になると思います】
そう言い残し、ルゥはまだ団子になって眠っているムゥにキラキラした糸を伸ばし絡めて引っ張った。
前世の蝶の幼虫と同じくらいの大きさしかないルゥが、自分よりはるかに大きなスライムを平気で引きずっていく様子を、エリィもフィルも無言で見送る。
色々と聞きたい事は山のようにあったが、それを口に出すには衝撃が大きく、二人して見送った後は溜息しか出なかった。
手の中に残された、大きさ10㎝くらいの輝く繭をしばらく眺めてから、背負い袋へと一旦いれておく。
引きずられ起こされたムゥも、引きずって行ったルゥも何かし始めた様子だし、ここに居ても特にすることもないので、アレクとセラを起こし異空地から出て宿の部屋へと戻る。
戻りはしたが、こちらで何かする事がある訳じゃない。
自分は構わないが、アレクやセラ、フィルは暇を持て余してしまうだろうが、窓の外を見てみれば、もう暗くなり始めている。
そう言えばオリアーナは今夜は遅くなると言っていた。オリアーナがいないのにゲナイドが部屋を訪ねて来る事もないだろう。
夕食を早めに貰って食器も返しておけば、今夜は誰も来ない一人の時間を作れるという事にならないだろうか。
「ちょっと早いけど、これから夕食にして、その後外に出かけない?」
突然のエリィの言葉に、全員の視線が集まる。
「外にって…夕食の後やったら、もうすっかり暗いで?」
「主殿はどこへ出かけたいのだ?」
「ワタクシめが何処へなりと転移で御連れ致します!」
得意気に張った胸を翼で叩いているフィルに『ありがとう、お願いね』と笑顔で言った後、表情をすんと消した。
「とりあえずやりたいことは幾つかあるのだけど、まずは次の欠片の場所の確認。ここから遠くないようならさっさと取っておきたいって思うのよ。まぁ、場所次第だけど、夜ならセラやフィル乗せてもらって、空から行けるかなと。
他に一応私も、パウルだっけ? その人とか含めて情報収集したいなぁと思ってる」
なるほどと納得してくれたようで、頷きを返してくれる。
どっちを優先すべきか迷ってはいたのだが、情報収集より欠片の方を優先すべきと言う意見に今回は従うことにした。
情報はそのうちオリアーナかゲナイド経由でもたらされるだろうし、自分は囮である以上、相手の方からやってくる可能性もあると後回しにすることにする。
「留守中に来たら、それはちょっと困るかしらね……ルゥは異空地に籠るだろうけど、ムゥはもしかしたら作業が終わればこっちに戻るかもしれない。
その時に嬉しくない人の訪問受ける事になったら…」
エリィがうぅんと唸っているのを見て、フィルが首を傾げる。
「結界でも張っておけば良いのではないでしょうか?」
一瞬顔を上げるが、すぐにふるふると首を横に振る。
「元々は出来るのかもしれないけど、今の私には結界は無理なのよ」
「失礼いたしました。ですが何の問題もございません。ワタクシめが張っておきましょう!
何者かの来訪等がわかれば宜しいですか?」
フィルにコクコクと何度も頷いて返事をする。
「来訪と、あと気配などでも気づくようにしておきましょう。もしそれらがあれば、すぐさま転移で戻れば良いですしね!」
「フィルありがとう」
「とんでもございません!」
照れくさそうな仕草も可愛いふわふわだったが、唐突に真剣な表情に塗り替えて、エリィにズイッと近づいてきた。
「それとなのですが、一つお願いしてもよろしいでしょうか!?」
「な、何?」
少しだけ身を引き、神妙な表情を浮かべつつ、片翼を自分の胸元に添えてフィルが言う。
「武器を一つお貸し頂ければと」
そう言ってどこぞの執事宜しく、深く一礼をエリィに捧げた。
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