81 / 225
81話 遅い昼食をとりながら
しおりを挟む「エリィ、調子が悪いのか?」
じっと動かないエリィに、オリアーナが心配そうに声をかける。それにハッとしたようにぎこちなく顔を向け、首を横に振った。
「ぃぇ…何でもないです」
仮面もとい包帯のおかげで目線を特定されない事を良い事に、エリィはテーブルに向き直ったまま、庭の方を再び窺う。
庭に面する側の壁は中央に扉、その両脇に窓がある。扉にある窓と両脇の窓、どちらにも透き通った何かが填められているので、てっきり板ガラスだと思ってみてみれば、筋が幾つも見えた。何となく記憶に引っかかるので暫く思い出そうとしていると、ふと頭に浮かぶモノがあった。
翅脈だ。
昆虫の翅のような筋が見えるのだ。
よくよく見れば、重なり合っている部分があり、それを避けるように見て見れば、蝉の翅のような形をしたものが、何枚も隙間なく填め込まれているのだとわかった。
宿に入った時間は遅かったし、朝は朝で随分早い時間に部屋から出ていたせいもあって、室内をちゃんと見ていなかったと改めて気づいた。
(やっぱりガラスと言うモノ自体がないのか、単に平ガラスがないだけか…もしかしたら高価だとかいう理由かもしれないけど、昆虫の翅っぽいものを代わりに使ってるとはね…)
思い返せば、小屋にあった窓に填まっていたのはガラスだった。
しかしその後はどうだろう……まず窓のようなものがある建物というのにお目にかかったのは、小屋以降はハレマス調屯地が初めてで、あの時も窓は木戸だけの簡素なものでしかなく、ガラスのようなものはなかった。
今、窓越しに見覚えのあるフォルムは見えない。
翅脈のせいで、窓越しに見える風景はやや歪んで見えるけれど、透き通ってはいるので、それなりに視認することは出来るから、見間違いという事はないはずだ。
だがあれは敵がいない所でしか鳴かないのではなかっただろうか……。
人間種は敵ではない? そんなバカなと突っ込んでしまう。
だけど、これまでも何度かあの囀りを聞いた気がする。ずっとついてきて居たとでもいうのだろうか?
「腹を膨らませておかねぇと動けねぇぞ。ほれ、これもなかなか旨いんだ」
ゲナイドが小ぶりな串焼きを、エリィの前の皿に置き、自分も串焼きを頬張りながら話す。
「村に着いた途端、こんな事に巻き込まれちまったんだから、気鬱になるなっていう方が無理だろうがな、それでも食っとけ」
「ぇ……ぁ、そうですね。すみません、頂きます」
窓の外を気にするのを一旦やめて、意識も彼らと食事の方へと向けた。
暫くはどこの屋台が美味しいだとか、他愛ない話をしながらの食事だったが、テーブルの上が粗方片付くと、オリアーナが席を立った。
(よくまぁあれだけの料理が駆逐された事……兵士とか傭兵だからかしらね)
「お嬢、俺が片付けますよ」
「お茶を飲もうと思っただけだから座っててくれ。片付けと言っても皿を下げるだけだしな。それともゲナイドはお茶を淹れるのが得意だったりするのか?」
「え? それは…色が付きゃいいんじゃ…」
「ゲナイドは座っててくれ」
お茶を美味しく淹れるのは案外難しい。上質な茶葉であれば尚更だろう。また種類によって適温が違ったりする事もあるからややこしい。
色と香りがつけば良いというのも、一つの意見としてはありだろうが、オリアーナはそっち派ではない様だ。
「えっと…それじゃ現状報告でもしはじめるか」
すごすごと引き下がって、取り繕うようにゲナイドが椅子に座り直す。
「ナイハルトはギルドの宿泊所で待機になった。あいつの外見は目立つからな。で、ラドグースが警備隊を見張ってる。本当はカムラン向きの仕事なんだが、カムランには酒場とかで軽く聞き込みに回ってもらってるから仕方なく、だな」
「ラドグースさんは見張りは得意ではない?」
やや困ったような表情になっているゲナイドに気づき、エリィが訊ねた。
「あいつは根っからの脳筋でな…先陣を切るって奴なんだよ。いつでも俺より先に出ようとしやがるし。だから見張りなんてあいつ向きじゃないんだ。まだナイハルトの方が向いてるんだが、あいつの容姿って目立つんだよな。カムランもなかなかの色男だが、あいつは気配消せるからな」
「なるほど」
「じゃあ見張りはゲナイドが受け持てばいいんじゃないのか? パウルの見張りは重要な役どころだろう?」
「それも考えたんですがね、俺の面相も割れてますからねぇ。それでこんな塩梅になったんですよ」
オリアーナへの返事に、全員が苦笑を浮かべた。
「それはともかく、ゲナイド…いい加減『お嬢』も言葉遣いもやめてくれないか?」
「へ!? あ、ぃや、それは…ですね……」
余程動揺したのか、ゲナイドが思わず椅子から腰を浮かせて、ガタンと大きな音が鳴る。
その様子にオリアーナが肩を震わせて笑いを堪えているが、ゲナイドの方はバツが悪そうに視線を一瞬エリィへと流した。
それに気づいたオリアーナが、笑ったまま首を横に振る。
「あぁ、いいんだ。エリィには話すつもりだったしな。それ以前にさっきの話である程度察しているだろうから」
オリアーナとゲナイドの顔が、エリィの方へと向けられる。
「オリアーナさんが元辺境伯御令嬢で、ゲナイドさんとナイハルトさんは、恐らく何らかの形で仕えていただろうって事ですか? まぁその程度ならさっきのお話から何となく。間違えていたらすみません」
何て事はないとばかりに淡々と話すエリィに、オリアーナが吹き出した。
「ほらな?」
「あ~、っと、そう…デスネ」
「今はただの『オリアーナ』で主家の娘じゃない。トクス村の警備隊所属の一兵士で、元ギルド傭兵員だよ」
「はぁ……勘弁してくださいよ、長年の癖ってなかなか抜けないモンなんですよ」
「抜けないからとそのままにしてちゃ、更に抜けなくなるだろうが」
「それはそうなんですけど、俺としちゃお嬢はいつまでたってもお嬢なんで」
「仕方ないな。だかそのうちには必ず改めてくれよ?」
「鋭意努力しますよ」
主家の娘とそこに仕えていた者という立場の差はあっても、そこに溝はなかったように見える。
「それで、とりあえず今の懸念事項はパウルの見張りなんだな?」
「えぇ、ラドグースには見つからないように慎重に動けとは言いましたがね、あいつには難しいと思います」
「パウルの見張りは外せないからな…私が行くか」
「お嬢は馬鹿ウルの天敵じゃないですか」
「あっちが勝手に敵視してきてるだけだよ、私は何とも思ってないんだがな」
「あいつの家はホスグエナ伯爵家の寄子ですからねぇ、ティゼルト家は目の上のたん瘤なんでしょーよ」
「最早跡継ぎもなく、爵位も返上したのにか? しかもあっちの方が上官だぞ?」
「それこそ長年の…ってやつじゃないですかね」
「……なら私が見張りに付くのが良いのではないですか?」
結論が出そうにないので、エリィが立候補する。
秒と待たずに二人の顔が再びエリィに向けられた。
「「エリィはダメ!」」
二人から瞬時にダメ出しがされた――解せぬ…。
1
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
宝くじ当選を願って氏神様にお百度参りしていたら、異世界に行き来できるようになったので、交易してみた。
克全
ファンタジー
「アルファポリス」と「カクヨム」にも投稿しています。
2020年11月15日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング91位
2020年11月20日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング84位
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる