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81話 遅い昼食をとりながら

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「エリィ、調子が悪いのか?」

 じっと動かないエリィに、オリアーナが心配そうに声をかける。それにハッとしたようにぎこちなく顔を向け、首を横に振った。

「ぃぇ…何でもないです」

 仮面もとい包帯のおかげで目線を特定されない事を良い事に、エリィはテーブルに向き直ったまま、庭の方を再び窺う。

 庭に面する側の壁は中央に扉、その両脇に窓がある。扉にある窓と両脇の窓、どちらにも透き通った何かが填められているので、てっきり板ガラスだと思ってみてみれば、筋が幾つも見えた。何となく記憶に引っかかるので暫く思い出そうとしていると、ふと頭に浮かぶモノがあった。
 翅脈だ。
 昆虫の翅のような筋が見えるのだ。
 よくよく見れば、重なり合っている部分があり、それを避けるように見て見れば、蝉の翅のような形をしたものが、何枚も隙間なく填め込まれているのだとわかった。
 宿に入った時間は遅かったし、朝は朝で随分早い時間に部屋から出ていたせいもあって、室内をちゃんと見ていなかったと改めて気づいた。

(やっぱりガラスと言うモノ自体がないのか、単に平ガラスがないだけか…もしかしたら高価だとかいう理由かもしれないけど、昆虫の翅っぽいものを代わりに使ってるとはね…)

 思い返せば、小屋にあった窓に填まっていたのはガラスだった。
 しかしその後はどうだろう……まず窓のようなものがある建物というのにお目にかかったのは、小屋以降はハレマス調屯地が初めてで、あの時も窓は木戸だけの簡素なものでしかなく、ガラスのようなものはなかった。

 今、窓越しに見覚えのあるフォルムは見えない。
 翅脈のせいで、窓越しに見える風景はやや歪んで見えるけれど、透き通ってはいるので、それなりに視認することは出来るから、見間違いという事はないはずだ。
 だがあれは敵がいない所でしか鳴かないのではなかっただろうか……。
 人間種は敵ではない? そんなバカなと突っ込んでしまう。
 だけど、これまでも何度かあの囀りを聞いた気がする。ずっとついてきて居たとでもいうのだろうか?


「腹を膨らませておかねぇと動けねぇぞ。ほれ、これもなかなか旨いんだ」

 ゲナイドが小ぶりな串焼きを、エリィの前の皿に置き、自分も串焼きを頬張りながら話す。

「村に着いた途端、こんな事に巻き込まれちまったんだから、気鬱になるなっていう方が無理だろうがな、それでも食っとけ」
「ぇ……ぁ、そうですね。すみません、頂きます」

 窓の外を気にするのを一旦やめて、意識も彼らと食事の方へと向けた。
 暫くはどこの屋台が美味しいだとか、他愛ない話をしながらの食事だったが、テーブルの上が粗方片付くと、オリアーナが席を立った。

(よくまぁあれだけの料理が駆逐された事……兵士とか傭兵だからかしらね)

「お嬢、俺が片付けますよ」
「お茶を飲もうと思っただけだから座っててくれ。片付けと言っても皿を下げるだけだしな。それともゲナイドはお茶を淹れるのが得意だったりするのか?」
「え? それは…色が付きゃいいんじゃ…」
「ゲナイドは座っててくれ」

 お茶を美味しく淹れるのは案外難しい。上質な茶葉であれば尚更だろう。また種類によって適温が違ったりする事もあるからややこしい。
 色と香りがつけば良いというのも、一つの意見としてはありだろうが、オリアーナはそっち派ではない様だ。

「えっと…それじゃ現状報告でもしはじめるか」

 すごすごと引き下がって、取り繕うようにゲナイドが椅子に座り直す。

「ナイハルトはギルドの宿泊所で待機になった。あいつの外見は目立つからな。で、ラドグースが警備隊を見張ってる。本当はカムラン向きの仕事なんだが、カムランには酒場とかで軽く聞き込みに回ってもらってるから仕方なく、だな」
「ラドグースさんは見張りは得意ではない?」

 やや困ったような表情になっているゲナイドに気づき、エリィが訊ねた。

「あいつは根っからの脳筋でな…先陣を切るって奴なんだよ。いつでも俺より先に出ようとしやがるし。だから見張りなんてあいつ向きじゃないんだ。まだナイハルトの方が向いてるんだが、あいつの容姿って目立つんだよな。カムランもなかなかの色男だが、あいつは気配消せるからな」
「なるほど」
「じゃあ見張りはゲナイドが受け持てばいいんじゃないのか? パウルの見張りは重要な役どころだろう?」
「それも考えたんですがね、俺の面相も割れてますからねぇ。それでこんな塩梅になったんですよ」

 オリアーナへの返事に、全員が苦笑を浮かべた。

「それはともかく、ゲナイド…いい加減『お嬢』も言葉遣いもやめてくれないか?」
「へ!? あ、ぃや、それは…ですね……」

 余程動揺したのか、ゲナイドが思わず椅子から腰を浮かせて、ガタンと大きな音が鳴る。
 その様子にオリアーナが肩を震わせて笑いを堪えているが、ゲナイドの方はバツが悪そうに視線を一瞬エリィへと流した。
 それに気づいたオリアーナが、笑ったまま首を横に振る。

「あぁ、いいんだ。エリィには話すつもりだったしな。それ以前にさっきの話である程度察しているだろうから」

 オリアーナとゲナイドの顔が、エリィの方へと向けられる。

「オリアーナさんが元辺境伯御令嬢で、ゲナイドさんとナイハルトさんは、恐らく何らかの形で仕えていただろうって事ですか? まぁその程度ならさっきのお話から何となく。間違えていたらすみません」

 何て事はないとばかりに淡々と話すエリィに、オリアーナが吹き出した。

「ほらな?」
「あ~、っと、そう…デスネ」
「今はただの『オリアーナ』で主家の娘じゃない。トクス村の警備隊所属の一兵士で、元ギルド傭兵員だよ」
「はぁ……勘弁してくださいよ、長年の癖ってなかなか抜けないモンなんですよ」
「抜けないからとそのままにしてちゃ、更に抜けなくなるだろうが」
「それはそうなんですけど、俺としちゃお嬢はいつまでたってもお嬢なんで」
「仕方ないな。だかそのうちには必ず改めてくれよ?」
「鋭意努力しますよ」

 主家の娘とそこに仕えていた者という立場の差はあっても、そこに溝はなかったように見える。 

「それで、とりあえず今の懸念事項はパウルの見張りなんだな?」
「えぇ、ラドグースには見つからないように慎重に動けとは言いましたがね、あいつには難しいと思います」
「パウルの見張りは外せないからな…私が行くか」
「お嬢は馬鹿ウルの天敵じゃないですか」
「あっちが勝手に敵視してきてるだけだよ、私は何とも思ってないんだがな」
「あいつの家はホスグエナ伯爵家の寄子ですからねぇ、ティゼルト家は目の上のたん瘤なんでしょーよ」
「最早跡継ぎもなく、爵位も返上したのにか? しかもあっちの方が上官だぞ?」
「それこそ長年の…ってやつじゃないですかね」
「……なら私が見張りに付くのが良いのではないですか?」

 結論が出そうにないので、エリィが立候補する。
 秒と待たずに二人の顔が再びエリィに向けられた。

「「エリィはダメ!」」

 二人から瞬時にダメ出しがされた――解せぬ…。

 

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