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45話 結界石を破壊する
しおりを挟むハレマス調屯地の周囲を囲む柵を出たところで、エリィは立ち止まり振り返った。
建物の陰になり、既にカーシュとケネスの姿は見えない。
改めて見れば、最近は人の出入りがあったようだが、長らく放置されていた廃村の割には保存状態が良い。
カーシュとケネスが向かう場所も、朽ちていなければ良いと、そんな事を考えながら再び外の方へと歩き出した。
【お待たせ、今どのあたりに居るのかしら?】
【もうええんか? 僕らはちょっと離れとるさかい、そっち向かうわ】
【そっちも無事で何より。危ない事はなかった?】
【問題ない】
やっと合流できそうだと思い、歩を進めていたのだが、丁度囲いの柵の所で何かに足を取られた。
直ぐに足元を確認すると、両足に透明ゼリーが絡みついている。
「……」
じっと見つめていると、きょろんと円らな黒い瞳が見つめ返してきた。
「なんや、早速面倒事引っ掛けたんか?」
翼も三又の尾も綺麗に隠し、すっかり家猫姿になったアレクと、そのアレクを背に乗せたセラがやってきた。
「失礼な。引っ掛けた覚えなんてミリとしてないわ」
アレクの言葉に憮然と返すも、足はスライムに囚われたままで動かせない。
「倒してしまえば良かろう」
言うが早いか魔力を貯め始めたセラを、エリィは慌てて手で制する。
アレクもわたわたとセラの背から飛び降りた。
「ちょ、待って待って、止められてるだけで攻撃も何もされてないのよ」
「そうかもしれへんけど、ずぅっと足止めされても困るやん…」
「……ムゥ…」
足元から見上げてくる、円らな黒い瞳が困ったような色を湛えると、小さな口から弱々しい声が発せられた。
「むーって言われてもわからへんわ」
「君は何をどうしたいの?」
エリィがこてんと首を傾げて訊ねると、両足に絡みついていたスライムが少し離れて再度見上げてくる。
声も表情も、とても弱々しく懇願が伺えるので、突き放すのはどうにも忍びない。
スライムが躊躇いがちに身体の一部を伸ばし、エリィの上着の裾をきゅっと握って引っ張る。どうやらどこかに連れて行きたいようだ。
「ほんまエリィは厄介事ホイホイやなぁ」
「ホイホイ言うなし。失礼にも程がある」
「せやったら魔物デレやな」
「変な単語作らない。魔物デレって何なのよ」
「セラかて助けるんや~って奮闘しとったし、そのちんまいのも放っとかれへんのやろ?」
「……そう言うアレクは人間にも弱いくせに」
「なんで僕に飛び火すんの!? ええやん! 好かんで? 人間は好かん! せやけどな、なんや…その…」
「厄介事ホイホイ…」
「エリィもやろ!!」
エリィとアレクがバチバチとやりあっている間、セラは2人に哀れむような生暖かい視線を送っていた。
「……ムムゥ」
スライムが少々情けなさを滲ませた声と共に、裾と引っ張るのに気づき、慌てて休戦とする。
「ごめんごめん、で、どこに行けばいいの?」
スライム自身は柵の内側にいるのに、何故かその腕らしきもので、エリィ達を柵の外側沿いに誘導した後、その手を放した。全員が移動したのは少し陰になってはいるが、やはり柵の所。そこには見慣れた石が設置されていた。
「これって、結界石やん」
「あぁ、そうね、あっても不思議じゃないわ」
「主殿…主殿が使う結界石と異なるものを感じるのだが、それはなんだろうか?」
確かにね、と呟きながらエリィがその結界石に手を伸ばし、刻まれている魔紋を浮かび上がらせる。
「守護の結界魔紋とこっちは忌避…魔物除けかしらね……ぅん? これは…」
アレクとセラが覗き込む。
「何やろか?」
アレクが首を傾げている隣で、セラが目を丸くしていた。
「セラ?」
「す、すまない。その文様なら見た事がある」
「ぉ~、何の文様なんや?」
「罠に使われていた物だ」
「……罠?」
「これが発動すると、そこから出られなくなっていた。辛うじて壊せはしたが、随分と時間を要したように思う…済まない、かなり以前の事だから、それ以上の事は記憶に残っていない」
エリィが『ふむ』と、唇に人差し指を当てて考え込む。
「出られなくなる…私は出入り出来てるわけだから人間種には効果がないって事よね…あれ? アレクとセラは昨夜どうしたの? 村の家屋で休んだんじゃないの?」
「昨晩は結界石を設置した後、外で休んだ。姿を見られる危険を冒す必要はないだろうと、アレク殿と話したのだ」
「ぁ…じゃあ、もしかしてスライム君は、アレクとセラが罠にかからないように、外側を進むよう誘導したってこと?」
「…めっちゃええ子やん」
「詰まる所、村内部にいるスライム達は出たくても出られないって訳で、そこへ連れてきたってことは」
フッとエリィが片方の口角を上げる。
「叩き潰していいってことよね!」
すかさず取り出した短剣の柄部分を振り下ろして罠付き結界石を破壊する…が、エリィの力ではお察しで、セラが魔法で粉砕した――少し悲しい。
柵の内側でスライムがいつの間にか3匹に増えている。地下で食事をしていたスライムではなかろうか。
彼らはずっとこの廃村に監禁されていたと言っていいだろう。
身勝手であるというのは重々承知しているが、自分に危害を加えないという条件付きならば、魔物も含めた動物にエリィは滅法弱い。
とっても良い笑顔を浮かべ、全員で他の結界石も壊していく。
カーシュとケネスはもうここから離れているようで、すれ違わなかったことにほっと安堵の吐息を漏らしながら、すべて破壊し終えると、エリィ達の後ろをついてきていた彼らが、平べったくらりながらも、円らな瞳を下方へ伏せた。
お辞儀をしているように見えるその姿に、言いようのない感情が浮かんでは消える。
人間種からすれば、利用できるものをしているだけだ。
見方を変えれば、弱いスライム達を護ってやっているのだという輩もでてくるだろう、とんでもなく見当外れと言いたいが。
だけど彼らのこの行動を見れば、同意は得ているはずがない。
怒りか悲しみか、それとも諦めか開き直りか……本当に言い様のない感情だ。
ともあれ自分の感情は横に置いておくとして、スライム達は望み通り、これで解放されただろう。今はそれを喜ぶとする。
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