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38話 お…お化け!!

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 カーシュが目を擦りながら右肘をついて半身を起こす。エリィに頼まれた言葉は聞こえていたようでコクコクと頷いている。
 未だ眠りから覚めず、死んだように横たわる人物の肩に手を伸ばすカーシュの上体が、一瞬ふらついて見えた理由は、寝起きのせいかそれとも別の理由かは定かではない。

「……ン…」

 ゆらゆらと揺す振られて意識が浮上してきたのだろう、カーシュが手を伸ばしている人物が微かに声を漏らした。次いで眉根を寄せると薄く両目が開く。
 ゆっくりと開かれた両目は、カーシュと同じ水色。
 まだしっかりと覚醒に至っていなさそうな目をパチパチと瞬きさせると、ぼんやりとカーシュを見つめた。その後ゆっくりと、周囲を確かめるように頭を回したところでエリィに目が向けられる。

 徐々に焦点が合い始めた目が大きく見開かれたかと思うと――

「ぅ…うああああああああああああああああああ」

 絶叫が響き渡った。

 エリィは冷静に両耳を塞いだが、目の前の様子に小さく肩を落とした。
 カーシュはやはり大きな声に吃驚したのだろう、両手で耳を押さえ、目も閉じて身を竦ませているが、もう一人――カーシュが起こした人物は、『いつの間に?』と疑問符がつくほど、瞬時にエリィから距離を取るように後方へと下がり、エリィを指さして――

「ぉ…ぉば……おばけええぇぇぇええええ…く、くるなあああああ」

 ついにはこちらに尻を向けて頭を抱え込み震え出した。

(……いやまぁ、確かに身の丈にあってない服だし、ボロ布顔に巻いてるし、仕方ないのかもしれないけどさぁ……あぁ、さっきの声が誰かに聞かれてなきゃいいなぁ)

 最早エリィとしては、居心地悪げに頭でも掻くしかない。
 そしてカーシュは、エリィと怯える兄を居たたまれなさそうに、交互に見ておろおろしている。

「に、兄ちゃん…ち、が……兄、ちゃん」

 首を横に振りつつ、怯える兄に這うように近づくカーシュに、ボロボロと涙を流した情けない顔で、助けを求めるように手を伸ばし縋り付いた。

「ぅ、嘘だ…だって…ぅああぁぁ、寄るなぁぁ」
「落、ち着…て、お化、け…ない、助け、て、くれた…」

 カーシュの言葉がやっと届いたのか、ポカンとした間抜けな表情で兄は動きを止めて弟を見つめる。

「………ぇ?」

 縋り付く兄をポンポンとあやすように宥めながら、カーシュは大きく頷く。それを見た兄は恐る恐ると言った様子で、エリィに顔を向けた。

「「「………」」」

 暫くの沈黙の後、兄の方があわあわと狼狽えはじめたかと思うと、ガバッと土下座ポーズになった。

「ご、ごめんなさい! すみません! 許してください!」

 この世界にも土下座ってあるんだな~と他人事のように眺めるエリィだった。




 暫くして落ち着くと、誤魔化すように軽く下げた頭をポリポリと指で掻きながら兄の方が座り直した。

「悪ぃ、恩人に酷ぇ事言っちまった…えっと…」

 二人の前で腕を組み仁王立ちのエリィが、彼の言葉を先読みして告げる。

「私の事は『ハナミ』とでも呼んで。そっちも偽名でも何でもいいから、名前教えてくれると助かるわ」
「恩人に偽名なんて使わねーよ。俺はケネス。こっちは弟のカーシュ。もう知ってるかも知んねーけど」
「変なところで律儀ね。まぁいいわ。何か食べられそう? と言っても大したものは用意できないけど」

 くいっと外を指さして、テントの外へと促す。
 エリィが先に立ってテントから出ると、焚火の近くに座らせた。先に収納から出しておいた小さな背負い袋を引き寄せ、その中を物色するような仕草で収納から肉を取り出し、いつもの串焼きの準備をし始める。

「カーシュには肉は厳しいかもしれないから、ちょっと待ってね。ケネスは肉でもいける?」

 焚火の揺らめく朱色の奥に、ケネスの頷く顔見えた。串を焚火の近くに刺してから、更に小さな背負い袋を探る。

「胃に優しいものなんてないのよね…デッティの実はあるんだけど、ケネスだったら割れる?」
「デッティの実だって!?」

 驚愕の表情を浮かべて思わず立ち上がったケネスに、エリィはきょとんとした顔を、ケネスから取り出したデッティの実に向けた。

「わ、悪い。ビックリさせたよな。そのさ…デッティの実なんて食べたことなかったから」
「あぁ、そういう事ね。確かに森の奥の方にしかないみたいだし……ぁ~もしかして御貴族様御用達、みたいな?」
「そう! 貴族連中の口にしか入らねーんだ」

 エリィは件の実を手に持って、向かいに座っているケネスに近づき差し出した。

「ぃ…いい、のか? こんな高いものを…」

 躊躇いを口にするものの、ケネスの視線はエリィの差し出す赤い実に釘付けだ。

「これ以外って肉しかないのよ(携帯食は回収したけど、これ、絶対に口の中がパサパサになる奴だけど、どうしよ…)……一応携帯食みたいなものもあるけど、どうする?」
「携帯食って、あれか…口ン中がカラカラになるやつだ。カーシュ、どっちなら食えそうだ?」

 カーシュは自分の方を向いて訊ねてくるケネスとエリィ、そして赤い実を順に見てから

「ぁ…ぇっと……携、た…食で、大じょ…夫」
「じゃあ携帯食貰えるか?」

 ケネスの言葉を無視して、エリィは赤い実を押し付ける。

「子供が遠慮してんじゃないわよ。値段考えて怖気づきでもしたんでしょうけど、途中で拾ってきたものだから『実質0円』なの」
「悪い…助かる、ありがとな」

 俯いてしまったカーシュの代わりに、ケネスが礼を言いながら、早速手の中の赤い実をパキリと割った。その音に向かいの位置に戻りかけていたエリィが足を止める。

「マジで…? 大人なら素手で割れるんだ…」

 思わず漏れた呟きは、ケネスにも届いたらしい。

「俺さ、『剛力』持ちなんだよ。だからこのくらいは軽いぜ」

 ちょっぴり照れくさそうな笑みを乗せたケネスが、中の乳白色の実をカーシュに手渡している。おずおずと受け取り、実を口にしたカーシュが驚愕の表情から満面の笑みに変わる様を見届けてから、エリィは元の位置に戻り座った。



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