上 下
20 / 225

20話 状況確認

しおりを挟む



 瞼を持ち上げるのが億劫になるほど重い身体に違和感を覚えた途端、我慢できないほどではないが、右首から肩にかけてズキリと痛みが響いてエリィは驚く。

「……ッ…」

 咄嗟に痛む箇所に左手を伸ばそうとするが、その動作にも痛みが伴い、暫し動きを止めて思いあぐねた。

 「エリィ! 良かった、気ぃついたんやな」

 声のする方へ痛みを警戒しながらゆっくり頭を巡らせると、顔の真横に全身が90度傾いたアレクが見える。自分が地面に横たわっているせいで、視界が傾いて見えるのだ。
 アレクの声に反応したのだろう、その近くで背中を向けて座っていたセラも振り返りのそりと近づいてくる。
 何がどうなったか思い出そうとするも、その思考は酷く緩慢でゆらゆらと漂泊するばかりだったが、二人の心配げな空気に朧気ながら浮かんできた場面は、間近に迫る大きな牙と、低い唸り声と共に吐き出される死の吐息。

(―――そ…っか、だから痛むのね)


 頭はまだぼんやりとしているが意識は保てているので、エリィはのろのろと自分の状況を確認しようとする。

(うん、左手は動く。右手は…痛いけど動かせるみたい。指も動く。患部が痛むのは当然としても、地味に全身が痛むのは困ったな)

 おろおろしているアレクと伺うような様子を見せるセラに、小さく大丈夫と呟いてから左肘をついて上半身を起こそうと試みる。
 支点にした肘から上が震えてうまく力が入らないが、辛うじて上体を捩じり起こすことに成功した。
 背中を向ける形になってしまったので、アレクが頭側から回り込んでエリィの顔の正面に位置どり、気遣うように耳手を伸ばす。
 それを微かに首を振ることで押しとどめ、痛みを耐えつつ、更に上体を起こして座り込んだ。

「いった…」
「無理して起きたらアカンて」
「いや、寝てるのも、ね」

 言いながら地面を指さす。
 地面は固く冷たいのだ。
 地べたについていた左手を、改めて右肩にゆっくりと伸ばした。右肩というより首右側といった方が良い位置のローブが、ざっくりと切り裂かれている。たぶんあの狼の魔物の第一指爪で切り裂かれたのだろう。それだけでなく少し硬い手触りの箇所がある。それは血が乾いた跡で、自分で見える部分にある血痕は、どれも同じように少し硬い感触があった。
 
 今エリィが装備している一式は、小屋の箪笥にあった他の服飾同様、大きさの可変魔法と維持保存魔法がかけられている。
 可変魔法は大きさが変わる魔法で、成長などしても問題がない。維持保存魔法の方も字面そのままの意味で、魔法をかけられた時点の品質、状態を保つ魔法だ。つまり例え汚れても勝手に綺麗になるし、破損しても自動で修復される。
 だが、完了するまでに数日かかる、場合によってはそれ以上。これは環境魔素の少なさがやはり関係しているのだと思われる。
 とはいえ何日も待っていられないので、汚れればさっさと浄化魔法をかけるし、破損すれば魔法か修復スキルで戻すのだが、今は浄化はともかく、修復が難しい。
 何故なら修復魔法は使用魔力が結構多く、今現在選択肢に入れられないし、スキルの方は素材がない状態だ。

(自動修復待ち、かな)

 はぁと小さく息をつき、ローブの切り裂かれた部分に触れていた左手を下ろそうとしたところで気が付いた。

(あれ…傷は? 痛みも血痕もあるのに傷に触れていない?)

 伸ばしていた耳手を下し心配そうに見上げるアレクと、ずっと黙ったまま見守ってくれていたセラを交互に見遣った。

「えっと、聞いて…いい? 服、破れてるし、血の跡もあるからそれなりに怪我したんだろうって思うんだけど、傷に触れないのよね…」
「それやったらセラや。セラが魔法使うてくれたんや」
「セラが?」

 何故か少し胸を張るように座っているセラにエリィは顔を向けた。途端痛みに呻くことになったが…。

「!、主殿、安静に」

 アレクより表情が少々分かり難いセラだが、その声色が心配していると雄弁に語る。

「とりあえず、セラもアレクもごめんね、迷惑かけちゃって。それからありがと」
「主殿を護り切れず、俺のほうが謝罪せねばならぬところだ」
「迷惑やなんて思ってへんし! ただエリィが襲い掛かられたときは心臓とまるかと思うたわ」
「セラはちゃんと護ってくれてたし、謝ったりしないでよ? アレクも心配かけてごめん」

 心なしか萎れて見えるアレクとセラに、痛みをこらえつつも首を横に振る。

「で、途中になっちゃったけど、セラは治癒とか回復魔法使えるってこと?」
「治癒や回復は使えぬ」
「んん~?」
「回復促進魔法を使っただけだ」
「促…進? アレク、そんなのあるの?」

 セラに向けていた顔をアレクの方へと向け直す。

「なんで僕に聞くんよ!? 前にも言うたかもしれへんけど、僕、そないに魔法得意やあらへんのよ」
「初耳…まぁ教えるのは苦手なんだろうとは思ってたけど。だって『ギュ~ン』とか『ドドン!』とか、『パッとやって』とか、もう擬音語ばっかりなんだもの。でも魔法そのものも苦手だったとは聞いてなかったわ」

 アレクに聞いても無駄なことがわかったので、セラに教えて貰うこととする。

「水魔法に促進魔法があるのだ。今回は回復を目的としていたので『回復促進魔法』と言った。治癒魔法のように根本的に癒すのではなく、自己治癒力を高めることで回復という結果を得る為、どうしても時間がかかってしまうのが難点だ」
「そっか…セラ、使ってくれて本当にありがと」

 とんでもないと言いたげにセラが首を横に振る。

「だが、痛みは消えていないだろう、後で薬を使うなりしたほうが良い」

 確かに現在進行形で痛みは発現中だが、耐えられないほどではないのが不幸中の幸いだろうか。
 何はともあれ、アレクとセラに感謝しつつ、収納を漁り……
 収納の中に結界石が2つあることに気づき、若干血の気が引いたことはまた別の話である。
 



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

処理中です...