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20話 状況確認
しおりを挟む瞼を持ち上げるのが億劫になるほど重い身体に違和感を覚えた途端、我慢できないほどではないが、右首から肩にかけてズキリと痛みが響いてエリィは驚く。
「……ッ…」
咄嗟に痛む箇所に左手を伸ばそうとするが、その動作にも痛みが伴い、暫し動きを止めて思いあぐねた。
「エリィ! 良かった、気ぃついたんやな」
声のする方へ痛みを警戒しながらゆっくり頭を巡らせると、顔の真横に全身が90度傾いたアレクが見える。自分が地面に横たわっているせいで、視界が傾いて見えるのだ。
アレクの声に反応したのだろう、その近くで背中を向けて座っていたセラも振り返りのそりと近づいてくる。
何がどうなったか思い出そうとするも、その思考は酷く緩慢でゆらゆらと漂泊するばかりだったが、二人の心配げな空気に朧気ながら浮かんできた場面は、間近に迫る大きな牙と、低い唸り声と共に吐き出される死の吐息。
(―――そ…っか、だから痛むのね)
頭はまだぼんやりとしているが意識は保てているので、エリィはのろのろと自分の状況を確認しようとする。
(うん、左手は動く。右手は…痛いけど動かせるみたい。指も動く。患部が痛むのは当然としても、地味に全身が痛むのは困ったな)
おろおろしているアレクと伺うような様子を見せるセラに、小さく大丈夫と呟いてから左肘をついて上半身を起こそうと試みる。
支点にした肘から上が震えてうまく力が入らないが、辛うじて上体を捩じり起こすことに成功した。
背中を向ける形になってしまったので、アレクが頭側から回り込んでエリィの顔の正面に位置どり、気遣うように耳手を伸ばす。
それを微かに首を振ることで押しとどめ、痛みを耐えつつ、更に上体を起こして座り込んだ。
「いった…」
「無理して起きたらアカンて」
「いや、寝てるのも、ね」
言いながら地面を指さす。
地面は固く冷たいのだ。
地べたについていた左手を、改めて右肩にゆっくりと伸ばした。右肩というより首右側といった方が良い位置のローブが、ざっくりと切り裂かれている。たぶんあの狼の魔物の第一指爪で切り裂かれたのだろう。それだけでなく少し硬い手触りの箇所がある。それは血が乾いた跡で、自分で見える部分にある血痕は、どれも同じように少し硬い感触があった。
今エリィが装備している一式は、小屋の箪笥にあった他の服飾同様、大きさの可変魔法と維持保存魔法がかけられている。
可変魔法は大きさが変わる魔法で、成長などしても問題がない。維持保存魔法の方も字面そのままの意味で、魔法をかけられた時点の品質、状態を保つ魔法だ。つまり例え汚れても勝手に綺麗になるし、破損しても自動で修復される。
だが、完了するまでに数日かかる、場合によってはそれ以上。これは環境魔素の少なさがやはり関係しているのだと思われる。
とはいえ何日も待っていられないので、汚れればさっさと浄化魔法をかけるし、破損すれば魔法か修復スキルで戻すのだが、今は浄化はともかく、修復が難しい。
何故なら修復魔法は使用魔力が結構多く、今現在選択肢に入れられないし、スキルの方は素材がない状態だ。
(自動修復待ち、かな)
はぁと小さく息をつき、ローブの切り裂かれた部分に触れていた左手を下ろそうとしたところで気が付いた。
(あれ…傷は? 痛みも血痕もあるのに傷に触れていない?)
伸ばしていた耳手を下し心配そうに見上げるアレクと、ずっと黙ったまま見守ってくれていたセラを交互に見遣った。
「えっと、聞いて…いい? 服、破れてるし、血の跡もあるからそれなりに怪我したんだろうって思うんだけど、傷に触れないのよね…」
「それやったらセラや。セラが魔法使うてくれたんや」
「セラが?」
何故か少し胸を張るように座っているセラにエリィは顔を向けた。途端痛みに呻くことになったが…。
「!、主殿、安静に」
アレクより表情が少々分かり難いセラだが、その声色が心配していると雄弁に語る。
「とりあえず、セラもアレクもごめんね、迷惑かけちゃって。それからありがと」
「主殿を護り切れず、俺のほうが謝罪せねばならぬところだ」
「迷惑やなんて思ってへんし! ただエリィが襲い掛かられたときは心臓とまるかと思うたわ」
「セラはちゃんと護ってくれてたし、謝ったりしないでよ? アレクも心配かけてごめん」
心なしか萎れて見えるアレクとセラに、痛みをこらえつつも首を横に振る。
「で、途中になっちゃったけど、セラは治癒とか回復魔法使えるってこと?」
「治癒や回復は使えぬ」
「んん~?」
「回復促進魔法を使っただけだ」
「促…進? アレク、そんなのあるの?」
セラに向けていた顔をアレクの方へと向け直す。
「なんで僕に聞くんよ!? 前にも言うたかもしれへんけど、僕、そないに魔法得意やあらへんのよ」
「初耳…まぁ教えるのは苦手なんだろうとは思ってたけど。だって『ギュ~ン』とか『ドドン!』とか、『パッとやって』とか、もう擬音語ばっかりなんだもの。でも魔法そのものも苦手だったとは聞いてなかったわ」
アレクに聞いても無駄なことがわかったので、セラに教えて貰うこととする。
「水魔法に促進魔法があるのだ。今回は回復を目的としていたので『回復促進魔法』と言った。治癒魔法のように根本的に癒すのではなく、自己治癒力を高めることで回復という結果を得る為、どうしても時間がかかってしまうのが難点だ」
「そっか…セラ、使ってくれて本当にありがと」
とんでもないと言いたげにセラが首を横に振る。
「だが、痛みは消えていないだろう、後で薬を使うなりしたほうが良い」
確かに現在進行形で痛みは発現中だが、耐えられないほどではないのが不幸中の幸いだろうか。
何はともあれ、アレクとセラに感謝しつつ、収納を漁り……
収納の中に結界石が2つあることに気づき、若干血の気が引いたことはまた別の話である。
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