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4話 惨状の中で
しおりを挟む寝耳に水もいいところで、目覚めて最初の情動は混乱と怒りである。正直目の前の青猫をボコボコにしなかったことを讃えてほしいくらいだ。
とはいえ実をいうと混乱するのは理解できるのだが、何故そこまで怒りに囚われるのか、エリィにとっても謎であった。
オタクだったと言ってることから想定できるだろうが、異世界転生モノや悪役令嬢モノなども結構嗜んでいたのだ。
大抵の登場人物が最初は戸惑ったりするにしても、そのうち受け入れて馴染んでいくものである。そうしないと生きていくことが困難になるのは想像に難くないし、何より物語が進まないのだからしょうがない。
なのに怒りが心の隅にこびり付いて離れていかないのはエリィ自身にも不思議なことではあった。
アレクによると、エリィは元々この世界で生きていたらしいから、その時に何かあったのだろうと予想している。
ただ残念ながら前々世ともいうべき記憶は、現在ほとんどない。
まったくない訳ではないのだが、果実を見てなんとなく懐かしく感じる程度なので、ほぼないと言っていいだろう。
ついでにいうなら、転生モノお約束の転生時神様邂逅シーンというのも、エリィはあまり覚えていない。
ぼんやりと何かしゃべって何か貰ったな~くらいだ。
どれもそのうち思い出すだろう、とはアレクの言だ。
ふと我に返って辺りを見回せば、アレクの姿は見えず自分一人で佇んでいた。
物思いにふけっている間にはぐれてしまったのだろうが、マップ機能も持ち合わせているので慌てたりしない。
つくづくどこの神様かしれないが、気前よくくれた転生チートに感謝するべく一瞬頭を垂れた。
「さてと、お家はどっちの方向だ?」
独り言が多いのは前世からの引継ぎだろう、ついつい言葉が零れて仕方ない。
アレクからの話によると、この周辺に出没する魔物は爪ウサギ程度の強さまでのモノがほとんどらしく、さっき聞いたヒヴァなんとかはあまり出会う魔物ではないと思われるため、軽く意識を周囲に向けながらも視線は透明パネルに映し出した地図に固定する。
エリィの調査スキルと連動しているので、感知範囲に引っかかれば、アレクの現在位置も描出可能だ。
「いつの間にか随分と離れてたのね、で、お家の方向はって、真逆じゃん!」
とほほと肩を落として一歩踏み出した途端、泥のように纏わりつく濃厚な血の臭いが急に強くなった事に顔をハッと上げる。
苔や下草の上に飛び散る血しぶきや羽、赤黒く転がっているのは何か考えたくもない。ずぅんと圧し掛かってくるような瘴気の色に、軽く眩暈を覚える。
眼前に広がる光景に時間が止まってしまったかのようだ。
足先に落ちている小さな羽がとても場違いに思えて、思わずつまんで拾い上げた。
何もかもが死という静止画に見えるその中に、微かに動くモノを見つけた気がして、半歩引き下がって身構える。
血や肉片、遺留物に混じって白っぽい塊が微かに動いているように見えた。
恐る恐る近づいてみれば白っぽい塊は、2メートルほどもありそうなグリフォンだ。翼を広げればもっと大きいかもしれない。
腹部を大きく抉られていて、力なく横たわっている地面は赤黒く変色している。呼吸はしているものの酷く緩慢で今にも止まってしまいそうだ。
何故こんなところに等と考えるよりも先に身体が動いた。
抉れた腹部の横に膝をつき、右手で胸部の呼吸を確認しながら、負傷部位に左手をかざした。
「く……魔素が薄すぎて発動しないか、どんな魔法を習得しててもこれじゃ使えないのと同じだわ」
治癒魔法を発動しようとしているのだろうが、かざした左手はかすかな光を放つのみで傷はふさがらず、流れる血も止まらない。
悔しさに唇をかみしめたその時、アレクの鋭い声が後ろから響いた。
「何してんねん、はよそれから離れるんや、エリィ!」
お怒りモードのアレクの説得は無駄な労力と分かってはいたが、それでも左手をかざしたまま顔を彼の方へ向けて首を横に振った。
「まだ息がある、助かるかもしれない」
「いや、それ魔物やし、傷治してどないするんや」
「そうだけど、まだ生きてる、生きてるなら助けたい」
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