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1話 準備完了?
しおりを挟むフードを目深に被ったローブ姿で、グローブをはめた右手に血濡れの短剣を持った、幼稚園児くらいの体格しかない人物の前には、灰色の毛並みが所々血で汚れ、ギュギュと低い唸り声を発する大きなウサギのような生き物が後ろ足で立ち上がり、真っ赤な目に殺気を漲らせている。
正直に言ってウサギと評せるのは、その長く垂れた耳と特徴的な前歯だけだが、敵の名は『爪ウサギ』と呼ばれている。
とは言え、『ウサギ』とついているからと侮ってはいけない。
何故ならその大きさはローブ姿の人物より大きいというだけでなく、真っ赤な前足の鈎爪は鋭く、人間の大人の手の平くらいの長さがあった。
人間の子供など一撃で引き裂いて殺せるだろう。
カサリと小さな音が足元から聞こえたのを合図にするかのように、大きな爪を勢いよく振り下ろして目の前の小さな人影を捕えようとしたが、それをするりと横に躱し、素早く向きを変えたかと思うと爪ウサギの背後に回り込んだ。
「ギュギュ、ギュッ!」
「――遅いっての!」
すかさず片足を振り上げて爪ウサギの背に回し蹴りを叩き込む。
飛ばされるように地面に顔から突っ込んだウサギの背中を押さえるよう足で踏みつけ、そのまま短剣を両手で持ち直して振り下ろした。
体格差からも歴然だが、爪ウサギに全力で暴れられたら、背中を踏みつけたままに等できるはずもない。一刻も早くその命を奪いきる必要があった。
「ギュァアアアアァァ、ァ」
3度ほど突き刺してやっと急所に当たったのだろう、大きな断末魔とともに跳ねる身体を抑え込むことことしばし、ようやく静かになった。
「魔法なしで爪ウサギ倒せたら上出来や」
爪ウサギの背中から短剣を引き抜いていた子供が、かけられた声に顔を上げて振り向く。
返り血で汚れたフードから覗くその顔は、銀色の仮面で目元を覆われていた。
眉間辺りに不思議な輝きを放つ紫色の宝玉がはめ込まれてるだけでなく、仮面そのものにも見事な細工を施されているのが容易に伺える。
口元は見えているので辛うじて表情はわかるが、目の部分にあって然るべき穴も銀色で、目の色はわからない。どうやって視界を確保しているのかは謎だ。
「そう? じゃあそろそろ旅立ちかな?」
仮面の子供、声から察するに少女の方へと近づいていくのは人間ではない。
一見猫だが体毛が鮮やかなサファイアブルーの毛並みで、どう見ても地球の猫ではない。
しかも背中には2対の翼があり、三又の尾は長くふさふさで、とても手触りがよさそうだ。耳から一房長く伸びた毛束があり、それが無駄にカッコイイその姿は紛うことなくファンタジー生物だ。
「せやねぇ……エリィがええんやったら出立準備しはじめよか」
ファンタジー青猫の声音は、聞くだけならイケメン美声だった。それも『耳が蕩けてしまいそうな』という形容詞をくっつけても良い程に。
ただし関西弁である。重ねて言うが関西弁である。
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