ホワイトディでも浮かない

✿1.

　
　三月十四日。
　そうか、門倉史明は思った。
　今日、松宮侑汰の様子がおかしい理由だ。
　松宮なる人物の理解しがたい性格のことは、彼との付き合いのなかで嫌というほど知っている。
　自由気まま、自分勝手、マイペース、快楽に流されやすい、誘惑に弱い。挙げればきりがないが、松宮ほど、周囲にとって面倒くさい爆弾はないだろう。
　そんな彼の自宅兼職場に入り浸るようになって、より些細な彼の言動の変化などを観察して、とにかく松宮に振り回されないようにと踏ん張ってきていたが、今日の不機嫌は理解できない。理由がわからなかったからだ。
　しかし、ようやく理解した。
　門倉は壁にかかったカレンダーから目をそらした。そこには彼の彼が管理できないスケジュールが赤いペンで刻まれている。
　毎日毎日、来る日も来る日も彼は仕事に追いかけられ、追いかける日々が続いていた。
　彼の仕事である少女まんがが、メディア・ミックスするから、そのために仕事量が膨れ上がってきていたからだ。
　松宮のだらしなさは、同じく無精な生活をしている門倉も理解している。そんな彼の生活が仕事一辺倒になることで、余計に悪化することも。
　だから、つい気になって、彼のもとへと来てしまう。自分らしくないことを。
　そんなこんなで、松宮との騒がしい毎日を送っていたのだ。
　だから門倉がすっかりと忘れていたのはしかたがないことではないか。
　今日がホワイト・ディだったことだとか。
「まぁ、バレンタインにチョコもらったしな」
　その与えられかたも爆弾だった。
　というのも、一ヶ月前。松宮に呼び出された門倉は、ソファの上で半裸の状態で横たわった松宮が、その白い肌のうえにチョコペンで「KADOKURA」と書いている光景に出くわしたのだ。
　あまりもの奇行に開いた口が塞がらない門倉だったが、松宮も門倉がしらけていると知って、素直に専門店で買ったチョコレートの包を門倉に手渡した。
　つまり、そんな松宮のことだ。今日、ホワイト・ディにも何かしらの企みをしているに違いない。いや、企んでいるのなら、不機嫌になるはずない。もしかしたら。
「俺からのお返しかっ!!」
　きっとそうだ。
　門倉からお返しがなくて、松宮は苛ついているのだろう。
　まずいぞ。
　確かになにやら高級そうなチョコをもらったのだから、少しは返礼ぐらいしたほうがいいのかもしれない。
　門倉は時計を見た。午後六時前。
　松宮はというとアトリエにしている部屋にアシスタントと一緒にこもっている。この状態は夕飯の時間まで続く。
　今のうちか。
　門倉は音を立てずに、松宮のマンションの部屋をあとにした。