膝小僧を擦りむいて

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
8 / 14

8.

しおりを挟む


 疲れた。けれど、それは酒田のおかげで心地いい疲労になった。
 スキップで玄関までたどり着く。独り身でも少し狭いアパートに住んでいるのはほとんど外に出ているからだ。仕事かレッスン。そんな生活をしているせいで、プライベートな空間は結構散らかっていたりする。
 そういえば、前に千尋さんが、可愛いエプロン姿で、ご飯を作ってくれていたこともあったなぁなんて、心の奥にストックしてある新崎の千尋メモリーを思い出したりする。
 あの日、仕事で疲れて帰ってきて、玄関開けたら千尋さんがいた。あんな奇跡みたいな幸せなことってないだろう。その後、少しは恋人らしいいい感じの雰囲気になって――最終的にはすこし失敗してしまったが、それでも千尋さんの肌に触れることができたのは、本当に幸せなことだった。
 なんてことを考えていたら、顔がにやけてしまう。
 そうだ。新崎は気が付いた。
 自分にはいつだって千尋さんがいたんだ。彼のことを思い出すだけで、勝手に元気になるのだから。
 新崎はドアノブに手をかけた。それは鍵を開錠しなくとも、開いた。
「え?」
 もしかして、朝、出る前に閉め忘れたのか? それとも、空き巣――? 脳裏に嫌な想像が走る。しかし、それは次の瞬間、打ち砕かれた。
「おかえりなさい」
 自分の部屋から現れたのは、最愛のひと。
「千尋さんっ!!」
 新崎は靴を脱ぎ捨てると彼のもとに駆け寄った。
「千尋さん!! いらしていたんですね!!」
「もう……なんだっていつもきみはそんなに大げさなんだ? まるでしっぽ振って走ってくる子犬じゃないか」
「はい、犬です。もう俺は千尋さんの犬になります」
「はあはあしてないで、お靴綺麗にしていらっしゃい」
「はい!」
 自分がとことんダメな男になりさがっていることに新崎はまだ気が付いていない。
「千尋さん、千尋さん」
「何? ご飯にする? お風呂も沸いてるけれど」
「千尋さん!」
「はいはい。そうですね。どうせ、きみはぼくが一番ですもんね」
「どうしてわかったんですか?」
「前にも、ご飯よりお風呂より千尋さんって言われました」
「……覚えていてくれたんですか」
「ほら、何ひとりでぼーっとして! ご飯、温めるから、食べて! ね?」
「はわ~、幸せだ。もう俺、死んでもいい」
「よくないよくない。さ、生き延びるためにご飯にしようね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チョコレートのお返し、ください。

阿沙🌷
BL
ドラマの撮影で忙しくしている新人俳優・新崎迅人には秘密にしなくてはならない恋人がいる。兼業脚本家の千尋崇彦だ。 彼に会いたくても地方ロケに出てしまいしばらく会えない状況が続く。そんななか、なんと撮影現場に会いたくてしかたがなかった男がやってきて――!?

初夢はサンタクロース

阿沙🌷
BL
大きなオーディションに失敗した新人俳優・新崎迅人を恋人に持つ日曜脚本家の千尋崇彦は、クリスマス当日に新崎が倒れたと連絡を受ける。原因はただの過労であったが、それから彼に対してぎくしゃくしてしまって――。 「千尋さん、俺、あなたを目指しているんです。あなたの隣がいい。あなたの隣で胸を張っていられるように、ただ、そうなりたいだけだった……なのに」 顔はいいけれど頭がぽんこつ、ひたむきだけど周りが見えない年下攻め×おっとりしているけれど仕事はバリバリな多分天然(?)入りの年上受け 俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)の、クリスマスから大晦日に至るまでの話、多分、そうなる予定!! ※年末までに終わらせられるか書いている本人が心配です。見切り発車で勢いとノリとクリスマスソングに乗せられて書き始めていますが、その、えっと……えへへ。まあその、私、やっぱり、年上受けのハートに年下攻めの青臭い暴走的情熱がガツーンとくる瞬間が最高に萌えるのでそういうこと(なんのこっちゃ)。

憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×脚本家SS

阿沙🌷
BL
新進気鋭の今をときめく若手俳優・新崎迅人と、彼の秘密の恋人である日曜脚本家・千尋崇彦。 年上で頼れる存在で目標のようなひとであるのに、めちゃくちゃ千尋が可愛くてぽんこつになってしまう新崎と、年下の明らかにいい男に言い寄られて彼に落とされたのはいいけれど、どこか不安が付きまといつつ、彼が隣にいると安心してしまう千尋のかなーりのんびりした掌編などなど。 やまなし、いみなし、おちもなし。 昔書いたやつだとか、サイトに載せていたもの、ツイッターに流したSS、創作アイディアとか即興小説だとか、ワンライとかごった煮。全部単発ものだし、いっかーという感じのノリで載せています。 このお話のなかで、まじめに大人している大人はいません。みんな、ばぶうぅ。

お月見には間に合わない

阿沙🌷
BL
新米俳優の新崎迅人は、愛する恋人千尋崇彦に別れを告げて、W県まで撮影ロケに来た。 そこで観光していた漫画家の松葉ゆうと彼の連れである門倉史明に遭遇。阿鼻叫喚のなか、彼は無事に千尋のもとへと帰れるのか――!! 相変わらずテンションだけで書き殴ったお月見ものです。去年は松宮侑汰の話を書いていたので、今年は新崎たちのものを。 ✿去年のお月見SS→https://www.alphapolis.co.jp/novel/54693141/462546940「月見に誘う」 ✿松宮門倉の旅行風景(?)→https://www.alphapolis.co.jp/novel/54693141/141663922"「寝顔をとらせろ」

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

Garlic短編帳

阿沙🌷
BL
吸血鬼ハンターであるラージャは美貌の先輩ハンターのエルガーに振り回される毎日を送っている。 ✿今までに書いた一話完結のSSをまとめてみました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

処理中です...