膝小僧を擦りむいて

阿沙🌷

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「はい、いいよーっ。新崎くん、酒田くん、もっと柚子川ゆずかわちゃんに寄ってーっ!」
 今日は週刊映像の撮影でカメラマンを前に主演のふたりに挟まれてポーズを撮っていた。何度もたかれるフラッシュの光にくらくらする。けれど、そんな不快感を表に出すわけにはいかない。
 若く朗らかそうで実は心の奥に誰にものぞかせない毒をはらんだ青年になりきる。もううっすらと微笑みを浮かべて、主役の肩に手を置く彼に――この女は誰にも渡さないという思いを秘めた若い隠れた情熱になりきる。
「はい、オーケイです! いったん休憩!」
 その合図にほっと息が漏れる。新崎は新崎に戻った。女優の肩から手を離す。ほっとする。今まで床の上にいたのにまるで実感がなかた。けれど、ようやく地面が戻ってきたみたいに安堵して、全身の力を抜いた。
「新崎くんて真面目よね」
「えっ!?」
 急に主演女優の柚子川に声をかけられてドキリとした。彼女とは共演がきっかけでそれなりに世間話はしている。けれど、妖艶な美女の風格と若いフレッシュなイメージを二十代前半ながらに持ち合わせている稀有な女優である。正直、新崎は彼女を目の前に何度も緊張している。
「あー、わかる」
 柚子川の隣にいた酒田もなぜか深くうなづく。
「今日の撮影でもガチガチ。そんなに緊張しなくていいのに」
「えっ」
「そーだぞ、そーだぞ。柚子たんのいうとおり」
「役に入るとなんとかなるけれど、それまでが固すぎて……もっと力抜いていいのよ」
 ガツンと後頭部を殴られたような衝撃。
 なんとなく自覚もあった。新人といえど、ド新人ではない。もうそろそろ現場慣れしてくれということか。
「もー、ほら、眉間にしわ寄ってる! 真剣になりすぎるのもどうかと思う! あ、マネージャー、あたしに水!」
 スタッフがセットを変えている間、バックのパイプ椅子で待機する。柚子川はふっと新崎から視線を外した。
 並んで三つある椅子の端に彼女が座ると彼女のマネージャーであろう長い髪を一つにまとめた女性が走ってきて彼女にボトルを渡した。
「まー、気楽にいきましょってことでしょ」
「酒田さん……」
 新崎も、真ん中に座った酒田の隣に座る。
「気を張りすぎ。そういう真面目なところ、嫌いじゃないけれど、今日はやけにガチガチ。そーや、モデルの仕事、してなかった? こういうのは経験あるだろ?」
「ええ、まあ。役演じるよりそういうののほうが多くて」
 酒田が眉根をひそめた。
「じゃあ、慣れてんだろ。ゆったり構えりゃいいじゃん」
「あ……はい」
 恥ずかしい。
 今ので自分を酒田に見通された。そのことに気が付いて、新崎は俯いた。
「じゃ、再開します!! 三人とも、よろしく!! 次はもっと妖艶な感じで~」
「はーい。わかりましたぁ」
 柚子川が声を上げて立ち上がった。新崎も、負けてはいられなかった。
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