膝小僧を擦りむいて

阿沙🌷

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「なら、良かった。……バラエティは嫌って言われたらどうしようと思った」
「え?」
「あ、ああ。じゃあ、えっと、他に聞きたいこと、あったら後でにしてくれる?」
「あ、はい」
「それじゃあね」
 ぷつんと切れた通話の余韻。
 あれはいったいどういう意味だ、と新崎は立ち尽くす。
 バラエティは嫌となったら……つまりは、そういうことか。
 自分であれほど貪欲にやってやると心に決めていたが、目の前に現実がひょっこりと現れた途端に少し、心に傷がつく。それほどにも弱いメンタルでこの仕事を選んだのか、と自分で自分をあざ笑いたくなるくらいに。
「まあ、そうだよなぁ」
 自分で自分を見ても、半分タレント化しているのは、わかる。ドラマの仕事だけをしているわけではない。それに役をもらえているのだって、自分の演技が認められているというのもあるかもしれない。だが、それだけではないのだ。
「華になればいい。とにかく一時だけでも、顔が売れるんだから」
 口に出してみる。それで、余計に落ち着かなくなる。
「あー、くそ」
 新崎は、ばたりとベッドに倒れ込んだ。
 どうしようもない不安感。
 それは将来に向けて、現在いまに向けて照射される。このままでいいのか。このままで――。
 食えなくなる危機感は常にあったほうがいい。上に行くための向上心も必要だ。役を得るための飢餓感だって。
 けれど、これは、たぶん、つらいことなのだ。
 前を向いて、ただそれだけを目指して果てしない道をひとりゆくということが。
 そういうのを自然にこなせてしまう一握りの存在と、自分の間にある大きな溝はきっとここにある。
 ひとりになれば不安が襲う。答えがない。自分の選択一つ一つで決まる世界。
 どうやってやっていくのかも、どうやって生きていくのかも、みんなグレーのグラデーションの中からひとつを選んで、つまりはそれ以外の選択肢のすべてを捨てて、そうでなくては進めない世界。
 前に行きたいのには理由がある。上を目指したいのにも。
 だからこそ、怖い。
 登っている坂の途中で、転がり落ちてしまうことが。もう二度と登れなくなってしまうことが。
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