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きみは知らない
しおりを挟む彼は熱しやすく冷めやすい人間だった。
午前中最後の講義の終了のベルが鳴った。昼休みに差し掛かり、一斉に学生たちの会話が花咲きだす。周囲の雑音に満ちた講堂で
「え、お前、また彼女変えたのかよ」
髪型でも腕時計でも、ファッションの話でもない。彼とキスする女の子が黒髪ロングの清楚系から、茶髪ショートの活発な女の子にチェンジしていたという話だ。
「ん? 何、悪い?」
そういって、この顔だけ男、松沢はにやりと例の嫌な顔を作って俺に笑って見せた。
「うっわー、気持ち悪い。お前みたいな友人いらねーわ」
「わー、ひっどい。別に俺の女のことでお前に迷惑かけているわけではないのにさ」
「かけてるって」
「は?」
「心配してんのさ。お前、いつか刺されないかなってね」
「誰にだよ」と腹筋を揺らしながら松沢は言った。
「あ、ほら、可憐でかわいそうなレディのお出ましだぜ?」
俺は顎で入り口に姿を現した茶髪ショートの彼女を指した。顔は松沢に劣るが、遠くから人を見分けることにかけては圧勝だろう。たとえ人の彼女であろうとも。
「あ、レナ!」
松沢は笑顔で彼女の方にすっ飛んで行った。机の上には彼の筆記用具とノートがそのまま広がったままだ。顔だけ男のまぬけな行動に俺はため息をついた。
✿
「令、いるか?」
鼻が詰まったような変な発音。電話越しの彼の声はどこか聴き取りずらかった。
「なあに、俺、もう寝るとこ」
あくびを噛みくだしながら言ったせいか、彼にうまく伝わらなかったらしい。無言の静寂が彼の返答だった。
「だから、今、寝るところだって言ってるだろ! 手短になら話聞くけど!」
本当のところは、もう既に寝ていたのだ。けれど、夜中の着信でたたき起こされ、相手が松沢だったのでこうして応対しているが、なにぶん眠たくてしかたがない。朦朧とした頭は役に立ちそうもないから、手短に用件だけ聞いて、ぐっすりと休息の世界へと旅立ちたかった。
「――きだ」
「は?」
「好きなんだよ」
「だから、何がさ?」
また返答は静寂になる。意味が分からず、俺はもう切るからな、と早口で彼に伝えようとした時だった。
「令、好きだ! お前が好きなんだ!」
悲鳴のような松沢の声が聞こえた。
一体なんだっていうんだ。そんな大声では頭をキーンと震えさせて、気分が悪くなる。
「はいはい、好きなのね。そりゃよござんした」
俺は有無を言わさず携帯の電源を切った。意識はもう睡魔の傀儡だ。布団の上に崩れ落ちて、俺は安眠の世界へと旅立った。
✿
「おはよ」
「おす」
翌朝、松沢と顔を合わせたので、挨拶した。彼の目は腫れぼったくなっていて、昨夜鳴いていたのが丸わかりだった。
「すまん」
睡魔がいかに強力であろうと、いくら松沢が気の置けない親友だったとしても、あの電話の対応はいかがなものだったかと思い出して、俺は彼に謝罪の意を伝えた。
「あ、いや、いいんだ。どうせお前、俺が何言ったか覚えてないだろ」
松沢が元気のない声で言う。俺は素直にうなずいた。それを見て松沢が安心したように安堵する。
そういえば前にもこういうことがあった。その前にもだ。
記憶をさかのぼり、俺は、はっとした。彼がこういう状態のときは十中八九の確率でアレだ。
「彼女と別れた?」
「バカ、言うなよ」
からからと乾いた笑みをこぼしつつも松沢が言った。
それでは、あの電話は――。
「ごめんって、本当に」
「いや、いいんだ。お前が夜に弱いって分かっているし。だから、電話できんの」
「ふぅん」
「あーあ、寄り道しちゃったな、人生のあんな女よりきっといい女が見つかるって! 俺に見向きもしない至宝よりも、俺にメロメロの女の方が俺には向いているのさ!」
自分に言い聞かせるようにして松沢は言った。そして大きく伸びをする。
「令、これからもよろしくな」
「うっわ、もう既に次の女性のことを考えているような好色には、よろしくされたくはないけれどな」
ふと、空を見上げると晴天だった。地球の裏側は今、どんな天気なんだろうと脈絡もない思想を走らせた。
(了)
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