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Flower tears
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朝、出勤してきてまず確認するのは、出荷予定の一覧である。
毎日こなしていれば慣れてくる業務と違ってこの表の確認だけはなれない。
それは自分の育てた「花」との別れを覚悟しなくてはならないからかもしれない。
だが、そんなのは一瞬のこと。
リストアップされた名簿のどこにもカレアの名前は載っていない。そうだろ?
そう思って、飼育員のシンは業務用のタブレットの画面を注視している。
この世には「花」と呼ばれる人たちがいる。
いや、人と説明したが正確に人間なのかどうかは不明だ。
それらは限りなく人間に近いからだをもっている。
ただ、唯一の違いで、大きな商品価値の由来はからだの人部分からにょきっと這えてくる植物の花のような器官だ。
昆虫を誘う訳でもないその花器官。
もっとも誘っているのは人間だ。彼らは人間との交尾で子孫を残す。
まるでウイルスが人体に入り込んできて人間内部の物質を利用して増えていくように、彼らは注がれた人間の遺伝物質を体内に取り込み、それを利用して自らのコピーをつくっていく。
そんな「花」が人間をより誘惑するような形成を備えたのは、必要性があったからだろう。
だが、その美しさに溺れた人間たちは「花」を狩りつくして人工的に製造するまでになった。
「カレア、カレア……」
シンは担当している「花」の名前を口に出しながらタブレットを操作する。
カレアは真っ赤なオニユリのような花器官をもつ、凛とした少年体型の「花」だ。
「花」の多くは女性型だが、まれに生まれてくる少年型とあって、育成には苦労した。
だが、それ以上にシンは彼に強い感情を抱いていた。
それは飼育員が「花」に対する感情としては大きすぎるほどの、質の違う愛情のような――。
きっかけは、晴れているのに泣いている彼の涙に気が付いたことだ。
「花」と生まれてくれば、買い手がつくまでは庭園暮らし。買い手がついても主人にたずなを取られた生活しか出来ない。
お前はいいな、とカレアはシンに言ったのだ。お前はいいな、人間は、自分で選べる、と。
「おはよう、シン。今日もいい天気だな。人工太陽を出動させなくて済むから楽だ」
同僚が出勤してきて、シンの肩を叩く。
「わっ、お、おはようございます」
「おいおい、そんなに真剣に見るなって。そんなにカレアを手放したくないのか?」
二人の会話を遠くで聞いていた先輩が茶々を入れる。
「十億だぞ、ぱぱっと買っちまえ、シン!」
「あはは、そんなお金あったら欲しいですけどね」
「え、まじか」
「ちょっと、そこ、何やってんの?」
「あ、主任!」
出勤してきたチームリーダーが、騒がしいオフィスを諌める。
「あ、そうそう、今日はうちのチームからレアものの注文入ったから。シン、最後のブラッシュアップ頼むわよ」
「あ、え?」
「何? まだ確認してないの? 出荷リストにカレアの名前、あがってるわよ」
シンはタブレットを落とした。
リーダーの言葉を聞いた途端、力が抜けた。脳が止まった。
出荷、という言葉がシンの頭を硬直化させた。
「花」を出荷させるというのは、「花」が誰かのものに――所有物になるということだ。
もう一人の飼育員の手が届く場所には置けない。
「ほら、早く仕事仕事!!」
「わーでた、主任の鬼!」
「つべこべ言わない!」
バラバラとそれぞれの作業に向かっていく同僚たち。そのなか、一人、浮かない顔のシンがいた。
✿
「え? 俺、出荷なの?」
気が付いたら、カレアの目の前にいた。恐ろしいことに、それまでの記憶がない。
「なんで知ってるんだ? まだ何も言っていないのに」
「言わなくたって分かるって。シンの顔に書いてあるもんね」
カレアはからからと笑う。普段と変わりのないカレアの態度にシンは不思議がる。
「お前、悲しくないのか?」
「さあね。悲しいのはシンだ」
「ばっ!!」
急に火花が散った。そう、シンの頭の中がスパークした。
本来手をあげてはならない貴重な存在の胸倉をつかみあげていると気が付いたのは、行動を起こした後だった。
「イテテ、やめろって、シン!」
カレアの声に、はっと自分を取り戻すシン。「すまなかった」と謝り、そっとカレアから手を引く。
「いいって、シン。いいんだって。それにしても今日はいい天気だな。まさに光合成日和って感じだ」
カレアの花器官が鮮やかに陽光の下で輝いている。
「カレア、やっぱり駄目だ、駄目だよ」
誰に言うわけでもない、なのにこぼれたシンの言葉を受けて、カレアが優しく微笑んだ。
だが、カレアはふっと視線をそらすと天を見上げた。その横顔は逆光で視ることができなかった。
晴れている。
今日は晴天だ。
それなのに、降っている。
どこかで雨が降っている。
(了)
毎日こなしていれば慣れてくる業務と違ってこの表の確認だけはなれない。
それは自分の育てた「花」との別れを覚悟しなくてはならないからかもしれない。
だが、そんなのは一瞬のこと。
リストアップされた名簿のどこにもカレアの名前は載っていない。そうだろ?
そう思って、飼育員のシンは業務用のタブレットの画面を注視している。
この世には「花」と呼ばれる人たちがいる。
いや、人と説明したが正確に人間なのかどうかは不明だ。
それらは限りなく人間に近いからだをもっている。
ただ、唯一の違いで、大きな商品価値の由来はからだの人部分からにょきっと這えてくる植物の花のような器官だ。
昆虫を誘う訳でもないその花器官。
もっとも誘っているのは人間だ。彼らは人間との交尾で子孫を残す。
まるでウイルスが人体に入り込んできて人間内部の物質を利用して増えていくように、彼らは注がれた人間の遺伝物質を体内に取り込み、それを利用して自らのコピーをつくっていく。
そんな「花」が人間をより誘惑するような形成を備えたのは、必要性があったからだろう。
だが、その美しさに溺れた人間たちは「花」を狩りつくして人工的に製造するまでになった。
「カレア、カレア……」
シンは担当している「花」の名前を口に出しながらタブレットを操作する。
カレアは真っ赤なオニユリのような花器官をもつ、凛とした少年体型の「花」だ。
「花」の多くは女性型だが、まれに生まれてくる少年型とあって、育成には苦労した。
だが、それ以上にシンは彼に強い感情を抱いていた。
それは飼育員が「花」に対する感情としては大きすぎるほどの、質の違う愛情のような――。
きっかけは、晴れているのに泣いている彼の涙に気が付いたことだ。
「花」と生まれてくれば、買い手がつくまでは庭園暮らし。買い手がついても主人にたずなを取られた生活しか出来ない。
お前はいいな、とカレアはシンに言ったのだ。お前はいいな、人間は、自分で選べる、と。
「おはよう、シン。今日もいい天気だな。人工太陽を出動させなくて済むから楽だ」
同僚が出勤してきて、シンの肩を叩く。
「わっ、お、おはようございます」
「おいおい、そんなに真剣に見るなって。そんなにカレアを手放したくないのか?」
二人の会話を遠くで聞いていた先輩が茶々を入れる。
「十億だぞ、ぱぱっと買っちまえ、シン!」
「あはは、そんなお金あったら欲しいですけどね」
「え、まじか」
「ちょっと、そこ、何やってんの?」
「あ、主任!」
出勤してきたチームリーダーが、騒がしいオフィスを諌める。
「あ、そうそう、今日はうちのチームからレアものの注文入ったから。シン、最後のブラッシュアップ頼むわよ」
「あ、え?」
「何? まだ確認してないの? 出荷リストにカレアの名前、あがってるわよ」
シンはタブレットを落とした。
リーダーの言葉を聞いた途端、力が抜けた。脳が止まった。
出荷、という言葉がシンの頭を硬直化させた。
「花」を出荷させるというのは、「花」が誰かのものに――所有物になるということだ。
もう一人の飼育員の手が届く場所には置けない。
「ほら、早く仕事仕事!!」
「わーでた、主任の鬼!」
「つべこべ言わない!」
バラバラとそれぞれの作業に向かっていく同僚たち。そのなか、一人、浮かない顔のシンがいた。
✿
「え? 俺、出荷なの?」
気が付いたら、カレアの目の前にいた。恐ろしいことに、それまでの記憶がない。
「なんで知ってるんだ? まだ何も言っていないのに」
「言わなくたって分かるって。シンの顔に書いてあるもんね」
カレアはからからと笑う。普段と変わりのないカレアの態度にシンは不思議がる。
「お前、悲しくないのか?」
「さあね。悲しいのはシンだ」
「ばっ!!」
急に火花が散った。そう、シンの頭の中がスパークした。
本来手をあげてはならない貴重な存在の胸倉をつかみあげていると気が付いたのは、行動を起こした後だった。
「イテテ、やめろって、シン!」
カレアの声に、はっと自分を取り戻すシン。「すまなかった」と謝り、そっとカレアから手を引く。
「いいって、シン。いいんだって。それにしても今日はいい天気だな。まさに光合成日和って感じだ」
カレアの花器官が鮮やかに陽光の下で輝いている。
「カレア、やっぱり駄目だ、駄目だよ」
誰に言うわけでもない、なのにこぼれたシンの言葉を受けて、カレアが優しく微笑んだ。
だが、カレアはふっと視線をそらすと天を見上げた。その横顔は逆光で視ることができなかった。
晴れている。
今日は晴天だ。
それなのに、降っている。
どこかで雨が降っている。
(了)
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