花の涙

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
1 / 2

Flower tears

しおりを挟む
 朝、出勤してきてまず確認するのは、出荷予定の一覧である。
 毎日こなしていれば慣れてくる業務と違ってこの表の確認だけはなれない。
 それは自分の育てた「花」との別れを覚悟しなくてはならないからかもしれない。
 だが、そんなのは一瞬のこと。
 リストアップされた名簿のどこにもカレアの名前は載っていない。そうだろ?
 そう思って、飼育員のシンは業務用のタブレットの画面を注視している。
 この世には「花」と呼ばれる人たちがいる。
 いや、人と説明したが正確に人間・・なのかどうかは不明だ。
 それらは限りなく人間に近いからだをもっている。
 ただ、唯一の違いで、大きな商品価値の由来はからだの人部分からにょきっと這えてくる植物の花のような器官だ。
 昆虫を誘う訳でもないその花器官。
 もっとも誘っているのは人間だ。彼らは人間との交尾で子孫を残す。
 まるでウイルスが人体に入り込んできて人間内部の物質を利用して増えていくように、彼らは注がれた人間の遺伝物質を体内に取り込み、それを利用して自らのコピーをつくっていく。
 そんな「花」が人間をより誘惑するような形成を備えたのは、必要性があったからだろう。
 だが、その美しさに溺れた人間たちは「花」を狩りつくして人工的に製造するまでになった。
「カレア、カレア……」
 シンは担当している「花」の名前を口に出しながらタブレットを操作する。
 カレアは真っ赤なオニユリのような花器官をもつ、凛とした少年体型の「花」だ。
 「花」の多くは女性型だが、まれに生まれてくる少年型とあって、育成には苦労した。
 だが、それ以上にシンは彼に強い感情を抱いていた。
 それは飼育員が「花」に対する感情としては大きすぎるほどの、質の違う愛情のような――。
 きっかけは、晴れているのに泣いている彼の涙に気が付いたことだ。
 「花」と生まれてくれば、買い手がつくまでは庭園暮らし。買い手がついても主人にたずなを取られた生活しか出来ない。
 お前はいいな、とカレアはシンに言ったのだ。お前はいいな、人間は、自分で選べる、と。
「おはよう、シン。今日もいい天気だな。人工太陽を出動させなくて済むから楽だ」
 同僚が出勤してきて、シンの肩を叩く。
「わっ、お、おはようございます」
「おいおい、そんなに真剣に見るなって。そんなにカレアを手放したくないのか?」
 二人の会話を遠くで聞いていた先輩が茶々を入れる。
「十億だぞ、ぱぱっと買っちまえ、シン!」
「あはは、そんなお金あったら欲しいですけどね」
「え、まじか」
「ちょっと、そこ、何やってんの?」
「あ、主任!」
 出勤してきたチームリーダーが、騒がしいオフィスを諌める。
「あ、そうそう、今日はうちのチームからレアものの注文入ったから。シン、最後のブラッシュアップ頼むわよ」
「あ、え?」
「何? まだ確認してないの? 出荷リストにカレアの名前、あがってるわよ」
 シンはタブレットを落とした。
 リーダーの言葉を聞いた途端、力が抜けた。脳が止まった。
 出荷、という言葉がシンの頭を硬直化させた。
 「花」を出荷させるというのは、「花」が誰かのものに――所有物になるということだ。
 もう一人の飼育員の手が届く場所には置けない。
「ほら、早く仕事仕事!!」
「わーでた、主任の鬼!」
「つべこべ言わない!」
 バラバラとそれぞれの作業に向かっていく同僚たち。そのなか、一人、浮かない顔のシンがいた。



「え? 俺、出荷なの?」
 気が付いたら、カレアの目の前にいた。恐ろしいことに、それまでの記憶がない。
「なんで知ってるんだ? まだ何も言っていないのに」
「言わなくたって分かるって。シンの顔に書いてあるもんね」
 カレアはからからと笑う。普段と変わりのないカレアの態度にシンは不思議がる。
「お前、悲しくないのか?」
「さあね。悲しいのはシンだ」
「ばっ!!」
 急に火花が散った。そう、シンの頭の中がスパークした。
 本来手をあげてはならない貴重な存在の胸倉をつかみあげていると気が付いたのは、行動を起こした後だった。
「イテテ、やめろって、シン!」
 カレアの声に、はっと自分を取り戻すシン。「すまなかった」と謝り、そっとカレアから手を引く。
「いいって、シン。いいんだって。それにしても今日はいい天気だな。まさに光合成日和びよりって感じだ」
 カレアの花器官が鮮やかに陽光の下で輝いている。
「カレア、やっぱり駄目だ、駄目だよ」
 誰に言うわけでもない、なのにこぼれたシンの言葉を受けて、カレアが優しく微笑んだ。
 だが、カレアはふっと視線をそらすと天を見上げた。その横顔は逆光で視ることができなかった。
 晴れている。
 今日は晴天だ。
 それなのに、降っている。
 どこかで雨が降っている。

(了)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アダルトチルドレン

こじらせた処女
BL
 きょうだい児として生まれた凪は、小さい頃から自由が無かった。朝も、学校から帰っても、暴力的な兄を宥めたり、散らかしたものを片付けたり、時には殴られたり。介護要員として産んだ、進路選択の時に初めて反抗して喧嘩になった時にそう言われた凪は、我慢の糸が切れてしまい、高校卒業と共に、家を出た。  奨学金を借りて大学に通っていた時代にコンビニのアルバイトで出会った先輩に告白され、それが今の同居している彼氏となる。  ゲイでは無かった凪であるが、自立していて自分を大切にしてくれる彼に惹かれ、暮らし続けている。 ある日、駅のトイレでトイレの失敗をしている子供を見かけ、優しくしてもらっている姿に異常なまでの怒りを覚えてしまう。小さな時にしてもらえなかった事をしてもらっている子供に嫉妬して、羨ましくなって、家の廊下でわざと失敗しようとするが…?  

咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人

こじらせた処女
BL
 過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。 それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。 しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル

こじらせた処女
BL
 とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。 若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?

解放

papiko
BL
過去にCommandされ、名前を忘れた白銀の髪を持つ青年。年齢も分からず、前のDomさえ分からない。瞳は暗く影が落ち、黒ずんで何も映さない。 偶々、甘やかしたいタイプのアルベルに拾われ名前を貰った白銀の青年、ロイハルト。 アルベルが何十という数のDomに頼み込んで、ロイハルトをDropから救い出そうとした。 ――――そして、アルベル苦渋の決断の末、選ばれたアルベルの唯一無二の親友ヴァイス。 これは、白銀の青年が解放される話。 〘本編完結済み〙 ※ダイナミクスの設定を理解してる上で進めています。一応、説明じみたものはあります。 ※ダイナミクスのオリジナル要素あります。 ※3Pのつもりですが全くやってません。 ※番外編、書けたら書こうと思います。 【リクエストがあれば執筆します。】

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

18歳の前日と友

にずく
BL
とある人物の思い出話。17歳の最後の日に親友に犯された。 おためし初投稿。 数年前に書いたワンライの作品です。誤字脱字などそのままです。

処理中です...