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✿after
◇夏の終わりにまだ秋は始まっていない#2
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◇◆
東京出身、東京育ち。都会っ子と笑われてもしかたがない木村は、ほぼ一年前にこの地に引っ越してきた。
通学路には見渡すばかりの田んぼ、冬になると、どさっと雪が降り積もり灰色の曇天ばかり。物流はよく途切れるし、なんだかんだいって寝るときにカエルの大合唱がうるさくてたまらない。
なぜ、この地に引っ越してきたのか。親の転勤でもない。別段、引っ越さなくてはならない外的要因は皆無だ。ただ、東京の学校で問題を起こしたから、そこから逃げ出すべく親戚の家に飛び込んだのが正解だった。
ほんとうは人になんて会いたくなかった。だから、学校も通信制のどこかに転入して済ませてしまうと思っていた。けれど手続きは木村が意見を言う前に既に済んでいて地元の高校に転入することになってしまった。
極力、他人との接触は控えよう。そう思っていた木村の殻を外側からぶち破ってきたのが飯田だ。まっさきに話しかけられて、木村は彼のようにいきなり距離を詰めてくる人間を嫌いだと思った。
嫌われてもいいや。むしろ、気持ち悪がられて、引いてくれたら、こんなにベタベタ近づいて来なくなるかも。
そう、思って木村は彼だけに自分の秘密を打ち明けたのだった。
木村と飯田
「俺、ゲイなんだ」
最大級の秘密に飯田は顔色一つ変えなかった。とたんに、彼に対しての感情の色が変わった。
彼は素なのだと知った。
ほんとうに純粋でしかたがない少年。大きな瞳に吸い込まれてしまうような変な感覚。真っ白な雪のような純真さで、飯田は木村の心を溶かした。
それからまもなく、飯田から好きだと言われた。付き合う? ……うん。そんなぎこちない関係からスタートして同級生以上のどこかあどけない状態が続いている。
◇◆
「なあ、今日、俺ん家、寄ってぐ?」
下校中、木村の誘いに飯田が首を振った。彼がもし本当に引っ越すのなら、そのために準備とかしているんだろう。段ボールが山積みの木村の部屋を見たくはなかった。
「ふーん、つまんね」
木村の何気ない返事がひどく胸に突き刺さる。
足音が二つ。分かれ道も二つ。帰る家は別々。
「木村さ……」
ぴたりと飯田の足が止まった。
「なに、急に」
「ゆ、柚希って呼んでもいいか」
ばくばくと心臓がなる。下の名前で呼ぶことを許してもらおう、ただそれだけのことなのに、飯田の額から汗がにじみ出てくる。
「は?」
「あ、いや、いいんだ、べつに……」
あわてて木村から顔を背ける飯田は、ふわっと木村の匂いが強くなるのを感じた。いや、木村が、背伸びをして飯田にすがった。唇が触れるまで、あと三センチ、足りなかった。
「え、なに……」
ぎゅっと背伸びして不安定な木村の身体がよろめく。あわてて飯田はそれを支えた。
「うーん、遠いなぁ」
飯田の腕のなかで木村が唸る。
「何が?」
「紳ニ、……くん?」
どっと飯田の心臓が跳ね上がる。
「ちょ、待って、待ってよ。え、なんで、なんで疑問形、ちょっと」
「飯田、顔赤い」
「ばか、木村が変なこと言うからだろ」
ふふっと木村が天使のように、まるで勝ち誇るように、優しくほほえんだ。
「最初に言ったの、お前」
確かにそうだ。
確かにそうだけど、甘い。
何もしていないのに、木村のちいさな動作ひとつ、ちいさな言葉ひとつで、舌がぴりぴりするくらい甘ったるくて、変な気持ちになる。
飯田は木村をぎゅっと抱きしめた。
「ばかかよ、ここ、外。誰か来たらキッショって思うだろ」
ばたばたと木村が暴れる。
「最初にやらかそうとしたのは木村」
「うるせぇって、おい、こら、離せ。ギュッとするな! 抱きまくらじゃないんだぞ」
「わかった。嫌なら離す。でも、木村はキッショイって思うの? オレのこと、オレたちのこと」
飯田の腕が離れていく。どうせなら、そのままでよかったと木村は思った。手放されて真正面から見つめてくる飯田の視線には耐えられない。
「え、答えて」
催促するこの男は子犬のように純朴にこちらを見つめてくる。逃げ場がない。
「お、思わない、俺、真面目に飯田のこと……が」
好きだし。
語尾のほうが小さくなって声が震えた。それでも飯田には伝わる。
「オレも。だから、頼むから、お願い」
「何をだよ」
次の瞬間、木村はぐいっと顎を飯田に持ち上げられ、彼の未だにヘタクソなキスを受けた。
「んんっ」
めちゃくちゃに押し付けてくる唇。それでも木村に嫌悪感はなかった。むしろ、必死さが可愛くて、すこしたまらなくなる。
「な、もう、お前、一回頭冷やせ」
唇が離れたと思ったら、今度は抱きついてくる。ぎゅううと本気で腕を食い込ませてくるので木村はきつい。
「むり、紳ニって呼んで」
「あー、もう、ほら紳ニ」
「柚希、行かないで」
「え?」
「置いていかないでほしい」
「え、ちょちょちょ、タンマ。ぜんぜん、話に追いつけない。え、どゆこと?」
「今日聞いた、引っ越し、するんだって?」
きつく飯田に抱きしめられているせいで木村は彼の顔を確認したくても出来ない。なにをどう思っている? すべて、知りたい。
「そんなの、誰に聞いたの?」
木村はぽんぽんと彼の背中に回した手で、背中を優しく叩いた。
「女子たち」
「はぁ!? ……なんでだよ」
「なんか噂になってるみたいで、オレ……どうして最初にオレに言ってくれないんだよ」
「う、わ、まてまて、力入れるなって、折れる。それにそれ、デマ」
「へ」
飯田の腕が緩んだすきに木村が腕のなかから逃げ出す。
「え、待ってよ、嘘なの」
「うーそ。俺、卒業までは確実にここにいる」
「え、あ、そ、そっかぁ」
安堵のためか、急に力を抜いて、飯田は地面にぺたりと足をついた。そこまで考え詰めてたのかよ、と木村はなんだか面白く感じる。
「たぶん、あれだろ。宮野との会話でも聞かれてたとかそういうのだろ」
「へ、宮野の」
「そ。夏休みに東京に一瞬戻ろうと思って鞄持って駅行ったらたまたま宮野御一行とぶち当たってさ。東京行くんですって話してたの」
「そ、それがなぜ引っ越すという話に?」
「さあな、でも噂ってあれこれ尾ひれがつくだろ。こんなゲーセンもない田舎じゃ、楽しみってそういうものしかないもんなぁ」
「残念な青春だよね」
「それ、お前が言うのか。でも、俺はここ、気に入ってる。一生、ここにいてもいい、お前と」
「木村!」
「柚希って呼ぶんじゃなかったの?」
にっこりと笑う木村に沈みゆく太陽の光が反射して、何よりも輝いて見える。
「東京、行ってきたんだな」
「ああ、もう振り返りたくもないって逃げてたけど、決着つけようと思って」
「木……柚希は強いな」
「おいおい、日帰り直行直帰だぞ。でも誰かさんがこの街で待っていてくれるってわかってるから」
「うん、ありがとう」
「うっわ、泣きそうな顔するなよ」
「してない、めちゃくちゃしてない」
「ほら、とっとと帰ろう。ね、紳ニ」
木村が飯田に手を差し出す。その手を飯田が取る。
「嬉しいけど、それ、学校ではやめてくれ、
なんか恥ずかしい」
「こっちだって。間違っても柚希なんて人前で呼ぶんじゃないぞ」
(了)
東京出身、東京育ち。都会っ子と笑われてもしかたがない木村は、ほぼ一年前にこの地に引っ越してきた。
通学路には見渡すばかりの田んぼ、冬になると、どさっと雪が降り積もり灰色の曇天ばかり。物流はよく途切れるし、なんだかんだいって寝るときにカエルの大合唱がうるさくてたまらない。
なぜ、この地に引っ越してきたのか。親の転勤でもない。別段、引っ越さなくてはならない外的要因は皆無だ。ただ、東京の学校で問題を起こしたから、そこから逃げ出すべく親戚の家に飛び込んだのが正解だった。
ほんとうは人になんて会いたくなかった。だから、学校も通信制のどこかに転入して済ませてしまうと思っていた。けれど手続きは木村が意見を言う前に既に済んでいて地元の高校に転入することになってしまった。
極力、他人との接触は控えよう。そう思っていた木村の殻を外側からぶち破ってきたのが飯田だ。まっさきに話しかけられて、木村は彼のようにいきなり距離を詰めてくる人間を嫌いだと思った。
嫌われてもいいや。むしろ、気持ち悪がられて、引いてくれたら、こんなにベタベタ近づいて来なくなるかも。
そう、思って木村は彼だけに自分の秘密を打ち明けたのだった。
木村と飯田
「俺、ゲイなんだ」
最大級の秘密に飯田は顔色一つ変えなかった。とたんに、彼に対しての感情の色が変わった。
彼は素なのだと知った。
ほんとうに純粋でしかたがない少年。大きな瞳に吸い込まれてしまうような変な感覚。真っ白な雪のような純真さで、飯田は木村の心を溶かした。
それからまもなく、飯田から好きだと言われた。付き合う? ……うん。そんなぎこちない関係からスタートして同級生以上のどこかあどけない状態が続いている。
◇◆
「なあ、今日、俺ん家、寄ってぐ?」
下校中、木村の誘いに飯田が首を振った。彼がもし本当に引っ越すのなら、そのために準備とかしているんだろう。段ボールが山積みの木村の部屋を見たくはなかった。
「ふーん、つまんね」
木村の何気ない返事がひどく胸に突き刺さる。
足音が二つ。分かれ道も二つ。帰る家は別々。
「木村さ……」
ぴたりと飯田の足が止まった。
「なに、急に」
「ゆ、柚希って呼んでもいいか」
ばくばくと心臓がなる。下の名前で呼ぶことを許してもらおう、ただそれだけのことなのに、飯田の額から汗がにじみ出てくる。
「は?」
「あ、いや、いいんだ、べつに……」
あわてて木村から顔を背ける飯田は、ふわっと木村の匂いが強くなるのを感じた。いや、木村が、背伸びをして飯田にすがった。唇が触れるまで、あと三センチ、足りなかった。
「え、なに……」
ぎゅっと背伸びして不安定な木村の身体がよろめく。あわてて飯田はそれを支えた。
「うーん、遠いなぁ」
飯田の腕のなかで木村が唸る。
「何が?」
「紳ニ、……くん?」
どっと飯田の心臓が跳ね上がる。
「ちょ、待って、待ってよ。え、なんで、なんで疑問形、ちょっと」
「飯田、顔赤い」
「ばか、木村が変なこと言うからだろ」
ふふっと木村が天使のように、まるで勝ち誇るように、優しくほほえんだ。
「最初に言ったの、お前」
確かにそうだ。
確かにそうだけど、甘い。
何もしていないのに、木村のちいさな動作ひとつ、ちいさな言葉ひとつで、舌がぴりぴりするくらい甘ったるくて、変な気持ちになる。
飯田は木村をぎゅっと抱きしめた。
「ばかかよ、ここ、外。誰か来たらキッショって思うだろ」
ばたばたと木村が暴れる。
「最初にやらかそうとしたのは木村」
「うるせぇって、おい、こら、離せ。ギュッとするな! 抱きまくらじゃないんだぞ」
「わかった。嫌なら離す。でも、木村はキッショイって思うの? オレのこと、オレたちのこと」
飯田の腕が離れていく。どうせなら、そのままでよかったと木村は思った。手放されて真正面から見つめてくる飯田の視線には耐えられない。
「え、答えて」
催促するこの男は子犬のように純朴にこちらを見つめてくる。逃げ場がない。
「お、思わない、俺、真面目に飯田のこと……が」
好きだし。
語尾のほうが小さくなって声が震えた。それでも飯田には伝わる。
「オレも。だから、頼むから、お願い」
「何をだよ」
次の瞬間、木村はぐいっと顎を飯田に持ち上げられ、彼の未だにヘタクソなキスを受けた。
「んんっ」
めちゃくちゃに押し付けてくる唇。それでも木村に嫌悪感はなかった。むしろ、必死さが可愛くて、すこしたまらなくなる。
「な、もう、お前、一回頭冷やせ」
唇が離れたと思ったら、今度は抱きついてくる。ぎゅううと本気で腕を食い込ませてくるので木村はきつい。
「むり、紳ニって呼んで」
「あー、もう、ほら紳ニ」
「柚希、行かないで」
「え?」
「置いていかないでほしい」
「え、ちょちょちょ、タンマ。ぜんぜん、話に追いつけない。え、どゆこと?」
「今日聞いた、引っ越し、するんだって?」
きつく飯田に抱きしめられているせいで木村は彼の顔を確認したくても出来ない。なにをどう思っている? すべて、知りたい。
「そんなの、誰に聞いたの?」
木村はぽんぽんと彼の背中に回した手で、背中を優しく叩いた。
「女子たち」
「はぁ!? ……なんでだよ」
「なんか噂になってるみたいで、オレ……どうして最初にオレに言ってくれないんだよ」
「う、わ、まてまて、力入れるなって、折れる。それにそれ、デマ」
「へ」
飯田の腕が緩んだすきに木村が腕のなかから逃げ出す。
「え、待ってよ、嘘なの」
「うーそ。俺、卒業までは確実にここにいる」
「え、あ、そ、そっかぁ」
安堵のためか、急に力を抜いて、飯田は地面にぺたりと足をついた。そこまで考え詰めてたのかよ、と木村はなんだか面白く感じる。
「たぶん、あれだろ。宮野との会話でも聞かれてたとかそういうのだろ」
「へ、宮野の」
「そ。夏休みに東京に一瞬戻ろうと思って鞄持って駅行ったらたまたま宮野御一行とぶち当たってさ。東京行くんですって話してたの」
「そ、それがなぜ引っ越すという話に?」
「さあな、でも噂ってあれこれ尾ひれがつくだろ。こんなゲーセンもない田舎じゃ、楽しみってそういうものしかないもんなぁ」
「残念な青春だよね」
「それ、お前が言うのか。でも、俺はここ、気に入ってる。一生、ここにいてもいい、お前と」
「木村!」
「柚希って呼ぶんじゃなかったの?」
にっこりと笑う木村に沈みゆく太陽の光が反射して、何よりも輝いて見える。
「東京、行ってきたんだな」
「ああ、もう振り返りたくもないって逃げてたけど、決着つけようと思って」
「木……柚希は強いな」
「おいおい、日帰り直行直帰だぞ。でも誰かさんがこの街で待っていてくれるってわかってるから」
「うん、ありがとう」
「うっわ、泣きそうな顔するなよ」
「してない、めちゃくちゃしてない」
「ほら、とっとと帰ろう。ね、紳ニ」
木村が飯田に手を差し出す。その手を飯田が取る。
「嬉しいけど、それ、学校ではやめてくれ、
なんか恥ずかしい」
「こっちだって。間違っても柚希なんて人前で呼ぶんじゃないぞ」
(了)
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