雪の中のふたり

阿沙🌷

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✿after

◇夏の終わりにまだ秋は始まっていない#1

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 木村きむら、また東京、戻るんだってさ。
 夏休みが開けた風通しのいい放課後の教室でお喋りに花を咲かせている女子の群れ。
 えー、本当に。
 まじらしいよ。親から聞いた。
 カラカラと響く三つの高い声に、忘れ物を取りに来たことすら頭から抜け落として、飯田いいだ紳ニしんじは彼女たちに駆け寄った。
「まてまてまて、今の何、ねぇ、今の話!!」
 突然、現れた飯田に少女たちは全員驚いて目を大きく見開いた。
「え、聞いてないの、あんた、木村とめっちゃ仲良しじゃん」
 ひとりの少女が口を開いた。
 仲良しなんてもんじゃない。キスだってした。帰り道、暗くなった夕方にこっそりと手を繋いだことも。いっぱい、秘密を重ねて、ふたりで共有した。そうやって生きてきた。これからもずっとそうだと何も疑うことなく、そう思ってきた。
「……聞いてない」
 飯田はうつむいた。その表情に何かを感じ取ったらしく、少女たちの空気も重くなる。
「きっと、寂しいからだよ! なかなか飯田には言い出せないんじゃないかな」
「それにさ、ただの噂だし。ほんとはそうじゃないかも。ずっとここにいるかも」
 明るく励まそうとしてくれる女子のことばは飯田の頭をすり抜けていった。
 なんとなく、そんな気はしていたのだ。木村がどこかに行ってしまうという予感。彼にこの狭い街はたぶん、合わない。だからいつかきっと出ていってしまう。でも、そのときは時分も一緒だと飯田は勝手な妄想を燃やし、けれど、それは突然の噂に粉々に粉砕された。いくらなんでも、早すぎる。
「本人に確認してみなよ、ねっ」
「ああ、うん……ありがとう」
 絞り出すようにそう伝えて飯田は教室をあとにした。取りに来た体操服をロッカーに忘れて。

◇◆

「おーい、何お前へこたれてんの」
 昇降口に立って飯田を待っていた木村柚希ゆずきは待ちくたびれたとばかりに悪態をつこうとした。しかし、廊下から現れた飯田の様子に違和感を覚え口を閉ざす。
「へこたれてなんかない」
 ぶすっとした表情の飯田。わかりやすい。なにかがあったんだと思う。だけど、何が? 飯田自身の感情はすぐに表に出るので、理解しやすい。けれど、何があったのか、彼の口は重たいので口を割くのは大変手が折れる。
「絶対、なんかあっただろ」
「ない、なにも!」
 ムキになって反論してくるあたり、妙に心にひっかかる木村は飯田をじっと凝視した。
「なんだよ……そんなにこっち見るなって」
 飯田は先に視線を逸した。確信は近くなる。
「とりあえず、帰ろっか」
 木村はなるべく優しい口調で彼を諭すように言った。
「ああ、うん」
 飯田は木村に逆らわなかった。
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