噛痕に思う

阿沙🌷

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ride

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 番という特殊な関係を繋ぐことが出来るのは、αとΩだけだ。
 αのヒートを沈め、救うことが出来るのもΩだけ。αが好きになるのもΩだけ。

「好きだ」

 彼の言葉が放たれた先にいるのは自分であってはならない。分かっているのに、拒めなかった――。






 都心部から三十分。
 βの居住区間でもある閑静な住宅街にぽつんと民家風の淹れたてコーヒーの美味しいと評判のワッフル店。

「最近、男らしくなりましたねぇ」
「え、そう?」

 休憩中、アルバイトの一人に声をかけられ、木場はドキリと胸を弾ませた。
 うら若き女性相手ならお世辞でも嬉しいと思ってしまうのが、木場正章という人間だ。
 だが、次の言葉に木場はたじろいだ。

「もしかして、彼女とかできました?」

 まさに確信を得ているような発言だ。
 男女の違いはあるが、一か月前から木場はある男性と恋愛関係にある。

 ハートのキングの名は楠八重伊皇。
 木場とは幼い頃からの親友で、その正体はαだ。
 警視庁は警視庁でも、バース関連の事件を扱う専門の捜査官らしい。

 なんと言葉を返したらいいのか必死に答えを探していると、表から聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。

「おい、キバ。迎えに来たぞ」

 店の扉を開くと鳴るベルの音色と共に、低いトーンの彼の声。
 楠八重が立っていた。





「ちぇっ、なんだよ、さっきまで俺のこと、どうこう言ってたのに、イオが来たらすぐにイオに釘付け」
「妬いちゃうからそういう話はパスな」
「は? 妬く? 誰に?」
「さっきの女の子たち。ほら、早く乗って」

 木場はヘルメットに頭を通して楠八重の後ろにまたがった。
 お尻の下で彼のバイクが発進を待ちながら震えているのを感じる。

 掴まってと、楠八重に言われて腰に手を回そうとした。
 だが、その手は宙に浮いたまま固まってしまう。

「どうした?」
「あ、いや……なんでもない」

 慌てて、楠八重にしがみつく。
 彼のライダースの素材感を通して、彼の体型を実感する。

「やっぱり、また痩せた」

 思わず口に出してしまい、慌てて楠八重の表情を確認した。
 ヘルメットが邪魔してそこから感情を読み取ることは出来ない。

「……イオ?」
「行こうか、キバ」

 楠八重がアクセルをかけた。
 バイク内部の爆発は推進力に変り、愛の巣へと加速していく。

 過酷な職場なのだと聞く。

 αはΩのヒートに巻き込まれるように発情する。
 オメガ犯罪を取り締まる仕事をしていては、Ωへの接触回数も多いだろう。
 ヒートに巻き込まれる危険性だってある。

 エリートコースを歩むαはすぐに昇進して現場から離れるらしい。
 けれど現場を好む楠八重のようなαにとって時には本能と戦わなければならない局面だってある、そういう職場。

 心労のせいだろうか、だんだんとやせ細っていく楠八重の姿は痛々しい。

 なんで、俺なんだろうな。俺は特別じゃない。
 ただのβなのに。

 自分じゃ、彼の何になることも出来ないのが、歯がゆくて悔しくて、彼に回した手に力を入れた。

(了)


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