噛痕に思う

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
1 / 3

ride

しおりを挟む


 番という特殊な関係を繋ぐことが出来るのは、αとΩだけだ。
 αのヒートを沈め、救うことが出来るのもΩだけ。αが好きになるのもΩだけ。

「好きだ」

 彼の言葉が放たれた先にいるのは自分であってはならない。分かっているのに、拒めなかった――。






 都心部から三十分。
 βの居住区間でもある閑静な住宅街にぽつんと民家風の淹れたてコーヒーの美味しいと評判のワッフル店。

「最近、男らしくなりましたねぇ」
「え、そう?」

 休憩中、アルバイトの一人に声をかけられ、木場はドキリと胸を弾ませた。
 うら若き女性相手ならお世辞でも嬉しいと思ってしまうのが、木場正章という人間だ。
 だが、次の言葉に木場はたじろいだ。

「もしかして、彼女とかできました?」

 まさに確信を得ているような発言だ。
 男女の違いはあるが、一か月前から木場はある男性と恋愛関係にある。

 ハートのキングの名は楠八重伊皇。
 木場とは幼い頃からの親友で、その正体はαだ。
 警視庁は警視庁でも、バース関連の事件を扱う専門の捜査官らしい。

 なんと言葉を返したらいいのか必死に答えを探していると、表から聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。

「おい、キバ。迎えに来たぞ」

 店の扉を開くと鳴るベルの音色と共に、低いトーンの彼の声。
 楠八重が立っていた。





「ちぇっ、なんだよ、さっきまで俺のこと、どうこう言ってたのに、イオが来たらすぐにイオに釘付け」
「妬いちゃうからそういう話はパスな」
「は? 妬く? 誰に?」
「さっきの女の子たち。ほら、早く乗って」

 木場はヘルメットに頭を通して楠八重の後ろにまたがった。
 お尻の下で彼のバイクが発進を待ちながら震えているのを感じる。

 掴まってと、楠八重に言われて腰に手を回そうとした。
 だが、その手は宙に浮いたまま固まってしまう。

「どうした?」
「あ、いや……なんでもない」

 慌てて、楠八重にしがみつく。
 彼のライダースの素材感を通して、彼の体型を実感する。

「やっぱり、また痩せた」

 思わず口に出してしまい、慌てて楠八重の表情を確認した。
 ヘルメットが邪魔してそこから感情を読み取ることは出来ない。

「……イオ?」
「行こうか、キバ」

 楠八重がアクセルをかけた。
 バイク内部の爆発は推進力に変り、愛の巣へと加速していく。

 過酷な職場なのだと聞く。

 αはΩのヒートに巻き込まれるように発情する。
 オメガ犯罪を取り締まる仕事をしていては、Ωへの接触回数も多いだろう。
 ヒートに巻き込まれる危険性だってある。

 エリートコースを歩むαはすぐに昇進して現場から離れるらしい。
 けれど現場を好む楠八重のようなαにとって時には本能と戦わなければならない局面だってある、そういう職場。

 心労のせいだろうか、だんだんとやせ細っていく楠八重の姿は痛々しい。

 なんで、俺なんだろうな。俺は特別じゃない。
 ただのβなのに。

 自分じゃ、彼の何になることも出来ないのが、歯がゆくて悔しくて、彼に回した手に力を入れた。

(了)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

めちゃめちゃ気まずすぎる展開から始まるオメガバースの話

雷尾
BL
Ωと運命の番とやらを、心の底から憎むΩとその周辺の話。 不条理ギャグとホラーが少しだけ掛け合わさったような内容です。 箸休めにざざっと書いた話なので、いつも以上に強引な展開かもしれません。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

チョコは告白じゃありませんでした

佐倉真稀
BL
俺は片桐哲哉。大学生で20歳の恋人いない歴が年齢の男だ。寂しくバレンタインデ―にチョコの販売をしていた俺は売れ残りのチョコを買った。たまたま知り合ったイケメンにそのチョコをプレゼントして…。 残念美人と残念イケメンの恋の話。 他サイトにも掲載。

知らないうちに実ってた

キトー
BL
※BLです。 専門学生の蓮は同級生の翔に告白をするが快い返事はもらえなかった。 振られたショックで逃げて裏路地で泣いていたら追いかけてきた人物がいて── fujossyや小説家になろうにも掲載中。 感想など反応もらえると嬉しいです!  

処理中です...