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たまにはいいかもしれない
しおりを挟む「松宮、ひとつ、どうしても、言いたいことがあるんだが」
「なんですか、門倉さん」
にっこりと微笑んで、玄関で出迎えてくれた男に門倉史明は切り込んだ。
「ここ、俺ん家なんだけど」
「はい、知っています」
「なんで、お前がいるの?」
「えへへ。愛の力ってやつですね」
「は? いや、つか、ていうか……」
門倉は大きくため息をついた。
「なんで、そんな恰好しているわけ?」
えへへと松宮はわらって、くるりとその場で回転した。ひらひらとレースにふちどられたスカートがひるがえった。
「俺の気分です」
にっこりと微笑む。
似合っているから、困る。
なんたって、この状況、自分家の玄関開けたら、可憐な美少女メイドさんが、にっこり微笑んで待っていたっていう状況だから。
しかし、メイドさんの中身は彼の天敵である。
門倉史明。
ドがつくほどのボロアパートに住みついて、幾年たっただろうか。すっかり、独身生活が身についてきた彼であったが、まだ慣れていないものがあった。それが松宮侑汰なる人物である。
門倉は、このものすごく、超がつくほどのマイペースで快楽に弱い男・松宮に、尻――ならぬ棒を狙われているのだ。さすがに、つきあいきれないと、関係を解消したはずだったのだが、なぜか、こいつとの腐った縁ができあがってしまい、今でもこうして、顔をあわせている。
そう慣れてはいない――。馴れてはいないのだが、ズルズルと彼の面倒を見る立場になってしまったという部分だけなぜか慣らされてしまっている。
そして、今日も、また、突拍子もないことをやり出した松宮に、辟易する門倉であった。
だが、問題はさきほどもいったように、松宮の容姿にある。
黒目がちな大きな瞳、可憐な唇。どこをどう見ても、可愛い好青年である彼だが、こう見えて門倉よりも年上で、既に三十路をきっている。なのに、どうみても、二十代前半、それどころか時には十代にも見えてしまう彼の童顔問題。それより、なにより、彼は可愛いのだ。むしろ、外側だけであれば、もろに門倉のタイプであるというところだ。
だが、ひとたび皮をむいて中身と直面したら――である。
して、今日もこの男の自由気ままで唐突なお遊びに巻き込まれてしまっているらしい。
「ご飯にします? お風呂にします? それとも――もごっ!」
この先は言わせはしないぞ、と、門倉はあわてて松宮の口を塞いだ。
「むむむっ、なんて今日は情熱的なのかしらん!!」
「違う!!」
門倉が抑えて来た手から逃れながら、松宮が叫んだ。
「ダーリン、愛してる!」
「誰がだ!! つか、メイド設定なのか、愛妻設定なのか、ブレブレだ!!」
「そーいう気分なんですよぉ」
何がそーいう気分だ。
引っ張りまわされて、振り回されるこっちの身にもなってもらいたいものだ
「ご飯なら、いらん」
靴をぬいで、玄関に揃えながら、門倉は自室へと入って行く。
「えー、もう作っちゃいましたよぉ」
「……は?」
「どーせ、コンビニ弁当とか外食ばかりでしょう? たまに俺、料理とかしたくなるんで、きったない門倉さんの台所、お借りしました」
「……っ!」
門倉は急いで、台所に向かった。
かつて手つかずだったその場所は、いつの間にか松宮の実験場と化していた。と、いうのも、片付けるのが面倒なものを作るときには、必ずといっていいほど、松宮は門倉の家にやってきて勝手にここを使うのだ。アトシマツを手伝ってもらうのが目的で。
「ああ……」
洗い物の山と、放置された料理器具。松宮が勝手に持ち込んだあれこれ。
「惨状だな。……で、何を作ったんだ?」
「カレーです。ご主人さま」
主人に片付けさせる気、満々のメイドがスカートの裾を持って、丁寧にお辞儀した。
「はあ、なるほど。カレーか。カレーでこの惨状か」
「闇ナベって知ってますか?」
「俺にとって、闇そのものが、お前だ」
「やんっ。エッチ」
「なんでも都合のいいように解釈するのは、どうだかしらん」
「まあ、そんなわけで、闇ナベカレーを作りました」
すでに、ダイニングには、それが用意されていた。皿の上に盛られた謎の物体が。
「……なあ、松宮」
「はい」
「お前、本当に『闇ナベ』の意味、わかっているのか?」
「へ?」
「こーいうのってさ、みんなで集まって、あれこれと持ち寄ったものを全部つっこんで食べるものだと思ったんだが――」
「はい。具材は全部俺が用意しました。って、なんですか、その目は! 残念な生き物を見るような目で見ないで!」
「いや、うん。そういえば、お前って友だち、いないもんな」
「ひどい!」
「そっか、そうだよな。うん。……一緒に食べようか」
「可愛そうなやつっみたいな扱いしないで!!」
なんだか、今日はやけに松宮が可哀想に思えてならないので、門倉は、彼と一緒に、謎の闇ナベカレーを食べてやることにした。
(了)
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