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視線の先はまだ遠く
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「あ、ちょっと違うかな。よく見ていて」
池谷は新人スタッフのたたんだ新製品の上着の状態を見て、それを広げた。自分の手で順序良く折りたたんでいく。どうすれば立体感を出しつつ、美しくたためるか。新人のころ、教えてくれた先輩の秀麗な手さばきを頭の中に浮かばせながら一着、たたみ終える。
「わ、すごい、さっきより格段に綺麗です」
「でしょ。些細なことだけれど、こういうところにも目を向けないと」
衣料品店で働く小池は、今や新人の教育係にまで成長していた。憧れの存在がいるというのは強い。あの人の隣に並べる自分になりたいと必死に精進した結果だった。
「池谷さん!」
バックから、女性スタッフの声。
「塚越マネージャーが来たんですけど」
「あ、はい! 今すぐ行きます! あ、ごめんね。じゃあ、さっき教えたように次のもやっといてくれる?」
彼の名前に心が弾む。歓喜を悟られないように、新人に早口で作業を伝えると、池谷はバック・ルームへと駆け込んだ。
「やあ、池谷くん。相変わらず元気そうだね」
「塚越さん!」
きっちりと着こなすスーツの男。追いかけてもたどり着く前に先に上に駆け上がってしまう憧れの存在。
「今、来てた子、新人?」
「ええ。アルバイトの子です」
「きみ自らご指導なんてなかなかじゃない」
「い、いや……俺もまだまだで。あの時、塚越さんが俺に教えてくれたように、ちゃんと教えられたらいいんですが」
くすっと彼が口元を緩めた。
「そういうところも相変わらずだ。口が甘いのはいいが、そそっかしいのは駄目だぞ」
「え?」
すっと塚越の手が池谷の首元に伸びてくる。とっさのことで逃げられずに固まっていると、美しい曲線を描いて、塚越の手が襟元に触れた。途端にすっと彼が引いていく。
「ほら、糸くずを襟につけているだなんて、なっていない」
彼の色白い指先につままれていたものに、池谷は視線を向けた。ぽかんと思考停止してしまった脳内が慌てて動き出す。
「あ、いや、す、すみません」
「はいはい。じゃ、ぼさっとしてないで、さっさと仕事しようね」
敵わないなぁと思う。
どれだけ彼を目指しても彼の視線がその遥か遠くを見つめている限り、近づくことはできない。それでも、池谷が視線を注いでしまうくらいに、まぶしい存在だ。
それから圧倒的な色気に気が付いていない塚越さんも塚越さんだ、などと思いながら彼の視線をたどった。
(了)
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✿2020年07月31日に#創作BL版ワンライ・ワンドロにて参加したものです。
池谷は新人スタッフのたたんだ新製品の上着の状態を見て、それを広げた。自分の手で順序良く折りたたんでいく。どうすれば立体感を出しつつ、美しくたためるか。新人のころ、教えてくれた先輩の秀麗な手さばきを頭の中に浮かばせながら一着、たたみ終える。
「わ、すごい、さっきより格段に綺麗です」
「でしょ。些細なことだけれど、こういうところにも目を向けないと」
衣料品店で働く小池は、今や新人の教育係にまで成長していた。憧れの存在がいるというのは強い。あの人の隣に並べる自分になりたいと必死に精進した結果だった。
「池谷さん!」
バックから、女性スタッフの声。
「塚越マネージャーが来たんですけど」
「あ、はい! 今すぐ行きます! あ、ごめんね。じゃあ、さっき教えたように次のもやっといてくれる?」
彼の名前に心が弾む。歓喜を悟られないように、新人に早口で作業を伝えると、池谷はバック・ルームへと駆け込んだ。
「やあ、池谷くん。相変わらず元気そうだね」
「塚越さん!」
きっちりと着こなすスーツの男。追いかけてもたどり着く前に先に上に駆け上がってしまう憧れの存在。
「今、来てた子、新人?」
「ええ。アルバイトの子です」
「きみ自らご指導なんてなかなかじゃない」
「い、いや……俺もまだまだで。あの時、塚越さんが俺に教えてくれたように、ちゃんと教えられたらいいんですが」
くすっと彼が口元を緩めた。
「そういうところも相変わらずだ。口が甘いのはいいが、そそっかしいのは駄目だぞ」
「え?」
すっと塚越の手が池谷の首元に伸びてくる。とっさのことで逃げられずに固まっていると、美しい曲線を描いて、塚越の手が襟元に触れた。途端にすっと彼が引いていく。
「ほら、糸くずを襟につけているだなんて、なっていない」
彼の色白い指先につままれていたものに、池谷は視線を向けた。ぽかんと思考停止してしまった脳内が慌てて動き出す。
「あ、いや、す、すみません」
「はいはい。じゃ、ぼさっとしてないで、さっさと仕事しようね」
敵わないなぁと思う。
どれだけ彼を目指しても彼の視線がその遥か遠くを見つめている限り、近づくことはできない。それでも、池谷が視線を注いでしまうくらいに、まぶしい存在だ。
それから圧倒的な色気に気が付いていない塚越さんも塚越さんだ、などと思いながら彼の視線をたどった。
(了)
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✿2020年07月31日に#創作BL版ワンライ・ワンドロにて参加したものです。
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