七月の花とBLの掌編

阿沙🌷

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✿7.24:日光黄菅

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 彼の時間は三年前からとまってしまった。
 七月二十三日を引きずって繰り返し生きる二十四日。彼の記憶は一日経つと三年前の七月二十三日時点に立ち戻ってしまう。
 次の日を生きることのできなくなった彼は針の動かなくなった時計の針のように、じっと動かず四角い部屋の中で自分へのお迎えを待つようにひっそりと呼吸をしている。
「おはようございます」
 日菅ひすがは彼の病室のカーテンを開けた。うつろに目を細める彼はまだ完全には覚醒しきれていない。差し込む陽光が白いベッドの上に横たわる彼の上にも降り注ぐ。
「あれ……ここは?」
「目が覚めましたか?」
「……あなたは誰ですか」
 彼は日菅をじろりと睨んだ。上から下へ、日菅の頭のてっぺんからつま先までを黙って確認する。
 着ているものからして医療従事者かそんなところだろう。白いシャツの上に羽織った白衣がそれを主張している。ただ気になるのは、まるで鳥の巣が頭の上に載っているかのようにぼさぼさの黒髪。シャツにも皺が浪打ち、どうしてもだらしのない第一印象。
「日菅といいます」
「医者ですか?」
「ええ」
「私は入院しているのですね」
「ええ」
 いつもの行動だと日菅は彼を見て思った。
 淡々としている。淡々としすぎている。
 一日と新しい記憶が持たない彼はずっと七月二十三日に囚われている。交通事故に巻き込まれ、目を覚ましたら――という時点から一歩も動けないのだ。つまり目が覚めた時点の彼は、父親の運転する軽自動車に乗っている最中、目の前にトラックが突っ込んできてそのまま激突して怪我を追い、意識を失って、ようやく回復した状態だ。
 それなのに彼の態度はどこか冷静で、少し不気味なものだった。
「父は?」
「大丈夫、息災です」
「……よかった」
 瞼を伏せる彼の表情は朝日に彩られて美しくきらめいた。生死のはざまから生還したのは過去のことだというのに、たった今、目の前にいるこの少年――いや青年は、生還したての輝きを身にまとっていた。
「ぼくの容態はどうなんです」
「ほとんど無傷です」
 正確にいうともう事故で受けた外傷は治っているのだ。治っていないのは心と脳味噌。
「父と母には会えますか」
「ええ。明日にでも面会できるように手筈を整えましょう」
 自分も残酷な人間だ。日菅は笑顔で言い放ちった。
「そっか。よかった。あ、電話とかってできますか? 友人がいるので」
 彼の中でその友人はまだ高校生のままだ。もう社会人になっていると知ったらどう思うだろう。
 日菅は、また残酷な嘘をつく。
 永遠に一瞬に囚われたままの四角い世界の中で。

(了)

✿7月24日:
日光黄菅にっこうきすげBroad dwarf day lily
 別名禅庭花ぜんていか。花言葉は一日花に由来して「日々新たに」だそうです。学名Hemerocallisヘメロカリスはギリシア語で「一日」と「美」から来ているそう。何かの呪文のような語感、唱えてみたいです、ヘロメロカリス! こういう感じの話は、知識のなさが粗になってしまうので一日一話で書くべきではなかったかもしれないですが、どうしても……と思って。
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