1 / 4
1.
しおりを挟む
その日は疲れていた。否、門倉史明が疲れて仕事から帰宅しない日はなかった。
就職活動に失敗し、希望の仕事にありつけなかった門倉だが、現在は塗装屋で生活している。肉体仕事な分、やっぱり疲れる。いつの間か、汗と塗料の匂いが身体に沁みつき、そのことに気が付くたびに、自分は年をとってしまったのだと実感する。
けれど、そんな彼を潤してくれるものはない。一人暮らしをしている家賃が安いだけが魅力的なボロアパート二階の狭いスペースには彼が寝起きに必要なものぐらいしか癒されるアイテムは所持していない。あるのは、寝具と必要最低限の生活用品だけだ。
そんなさびしい我が家へ戻って来た門倉は、普段どおりのルーティーンで鍵穴に鍵を入れた。だが、回らない。
「うそ。かけわすれたのかよ」
ドアはそのまま開いた。朝、出勤する前に鍵を閉め忘れたらしい。空き巣に入られていたらどうしようか。家のなかを点検しなくては、という思いに駆られたが、よくよく考えたら盗まれて困るものなんてこの家にあるだろうか。貴重品は随時携帯するようにしている。とりあえず、確認しなくてはならないのは、通帳と印鑑ぐらいだろう。
急いで室内へと駆け込んだ門倉は、部屋の中で彼の到着を待っていたその物体に直面してフリーズした。一瞬で全身の血の気が引いた。
「……な、な」
釘付けになったまま動かせない門倉の視線の先には、桃色の丸い輪っか状の輪郭がひくひくと蠢いている。
「門倉さぁん、お、か、え、りぃ」
あえて高い声を作って甘ったるい口調で、その物体はぷるりと瑞々しい膚でおおわれたなだらかな二つの丘を揺らしながら、門倉に語り掛けてきた。
犯人の名前はすぐに分かった。顔を見るまでもない。四つ足で膝まづいて尻をおおきく掲げるようなポーズの状態で、伸ばして指先でその桃色が勝った蕾をあられもなく、開かせたまま、ちいさく小刻みに震えるこの異様な醜態を、門倉の知り合いのなかでとることのできる人物を彼はひとりしか知らない。いや、本当のことをいえば、そんな人間とお知り合いになどなりたくなかったのだが。
「……松宮、お前、何をしているんだ」
衝撃的すぎて、固まっていた身体がようやく弛緩してきてくれた。大きくため息をつきながら、門倉は彼に向かって声を発した。
「もう、門倉さんてばぁ。見てわからないんですか?」
「わかるもなにも、異常事態だってことはわかる。玄関開けたら、俺ん家に、大股かっぴらげて、尻穴こちらに見せつけてくる、ド変態がいすわっているんだからな」
「そんなぁ、ド変態だなんて。あ、もしかして、今日はもう既にドエスモードなんですね? やだぁ、昂奮してきちゃう……」
彼の言うとおりに、彼の幹からは透明な液体がとろりと流れ落ちて、フローリングにぽたりと雫を垂らした。
「うわ! 変態! つか、その恰好、やめろよ」
門倉は彼から視線を逸らしながら、叫んだ。
「やぁだです。門倉さんがお帰りになられるまで、大体一時間くらい、このままなんですよ? さっさと入れてください」
「何をだよ!? つか一時間もいたのかよ!! 暇人かよ!!」
「やぁん、ことばで責められるのも、大変おいしゅうございます」
「変態が!!」
「……ああ、それだけで、イっちゃいそう……っ」
ぶるっと、松宮の身体が震えたかと思うと、ぱたぱたと白く粘性のある液体が床に散らばった。
就職活動に失敗し、希望の仕事にありつけなかった門倉だが、現在は塗装屋で生活している。肉体仕事な分、やっぱり疲れる。いつの間か、汗と塗料の匂いが身体に沁みつき、そのことに気が付くたびに、自分は年をとってしまったのだと実感する。
けれど、そんな彼を潤してくれるものはない。一人暮らしをしている家賃が安いだけが魅力的なボロアパート二階の狭いスペースには彼が寝起きに必要なものぐらいしか癒されるアイテムは所持していない。あるのは、寝具と必要最低限の生活用品だけだ。
そんなさびしい我が家へ戻って来た門倉は、普段どおりのルーティーンで鍵穴に鍵を入れた。だが、回らない。
「うそ。かけわすれたのかよ」
ドアはそのまま開いた。朝、出勤する前に鍵を閉め忘れたらしい。空き巣に入られていたらどうしようか。家のなかを点検しなくては、という思いに駆られたが、よくよく考えたら盗まれて困るものなんてこの家にあるだろうか。貴重品は随時携帯するようにしている。とりあえず、確認しなくてはならないのは、通帳と印鑑ぐらいだろう。
急いで室内へと駆け込んだ門倉は、部屋の中で彼の到着を待っていたその物体に直面してフリーズした。一瞬で全身の血の気が引いた。
「……な、な」
釘付けになったまま動かせない門倉の視線の先には、桃色の丸い輪っか状の輪郭がひくひくと蠢いている。
「門倉さぁん、お、か、え、りぃ」
あえて高い声を作って甘ったるい口調で、その物体はぷるりと瑞々しい膚でおおわれたなだらかな二つの丘を揺らしながら、門倉に語り掛けてきた。
犯人の名前はすぐに分かった。顔を見るまでもない。四つ足で膝まづいて尻をおおきく掲げるようなポーズの状態で、伸ばして指先でその桃色が勝った蕾をあられもなく、開かせたまま、ちいさく小刻みに震えるこの異様な醜態を、門倉の知り合いのなかでとることのできる人物を彼はひとりしか知らない。いや、本当のことをいえば、そんな人間とお知り合いになどなりたくなかったのだが。
「……松宮、お前、何をしているんだ」
衝撃的すぎて、固まっていた身体がようやく弛緩してきてくれた。大きくため息をつきながら、門倉は彼に向かって声を発した。
「もう、門倉さんてばぁ。見てわからないんですか?」
「わかるもなにも、異常事態だってことはわかる。玄関開けたら、俺ん家に、大股かっぴらげて、尻穴こちらに見せつけてくる、ド変態がいすわっているんだからな」
「そんなぁ、ド変態だなんて。あ、もしかして、今日はもう既にドエスモードなんですね? やだぁ、昂奮してきちゃう……」
彼の言うとおりに、彼の幹からは透明な液体がとろりと流れ落ちて、フローリングにぽたりと雫を垂らした。
「うわ! 変態! つか、その恰好、やめろよ」
門倉は彼から視線を逸らしながら、叫んだ。
「やぁだです。門倉さんがお帰りになられるまで、大体一時間くらい、このままなんですよ? さっさと入れてください」
「何をだよ!? つか一時間もいたのかよ!! 暇人かよ!!」
「やぁん、ことばで責められるのも、大変おいしゅうございます」
「変態が!!」
「……ああ、それだけで、イっちゃいそう……っ」
ぶるっと、松宮の身体が震えたかと思うと、ぱたぱたと白く粘性のある液体が床に散らばった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる