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不安になれど家に帰れば
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未来のことを考えると、不安だ。
これからの時代、銀行業務が不要になることはないと断言できる。しかし、銀行員がこれからもずっと必要とされるのかというとそうではない、という圧倒的な不安。日々の業務であれば、IT技術を使えばオンラインでなんでもできてしまう。そもそも、銀行の店舗だって減っていく時分に、自分の仕事がこれから先、縮小されていくことくらい、目に見えてわかる。
だからといって、今すぐに、行動に移さなくても別段、困りはしないだろう。ただ、不安がだんだんと積もってきている。ちょっとだけ、今のままでいいのだろうかと。
そんな重たい体を引っ張って、帰宅する。
「あい、おかえりー」
だらしのない間の伸びた声。同居している男のものだ。
「はい、ただいま。あれ、今日はおでん」
「そうそう、おっでーん」
いい気なものだ。
彼はまんが書きなのである。
その自由な商売のせいか、彼自身ものびのびとしていて、困りごとや不安などひとかけらもなさそうで、かなりうらやましい。
俺は手を洗って彼の占領してるこたつに足を入れようとした。
「あのさー」
彼が声をかけてきた。
「おれさ、もしかしたら、無職になるかも」
「は?」
「ああ、いや、今だって、まんが書いてないと完全に無職のひきこもりだよな」
えへへと笑みを浮かべる彼。
「どういうこと?」
「えーっと、打ち切り? に、なっちゃうかもーしーれないなーっていう雰囲気というか」
彼の口調は重たくない。深刻とは真逆の声のトーンではあった。しかし。
「本当かよ!?」
「本当かも?」
「なんで疑問形なんだよ」
「おれだってわっかんねぇって、先のこと、どうなるかわかったらさいこーだけどね、わっかんないから。あ、べつにアンケートでやらかしたのは先週だけなんだけど」
「それなら、別に、お前のことだから、すぐに挽回するんじゃないかのか?」
「うーん、楽観主義だなぁ。最近のコンテンツ消費の速さは尋常じゃないのよ。おれのなんか、すぐにオワコンになっちゃうよぉ」
めずらしく、ぐずぐずと後ろ向きな彼に少し、驚く。
「あんなに頑張って書いているのに?」
「読者にそーいうのはつーようしませーん。一読して面白いか、どうか。ためになるか、どうかです。もう今日はほんと、不安で死にそう。何度もトイレ行った」
「トイレ?」
「そう。まじ、おれ、精神状況が腹にくるんだよねぇ」
だから今日はおでんなの、と彼はこたつの上で湯気を立てているそれを指さした。消化にいいものが食べたいのだそうだ。そういえば、前にも彼がめそめそしていることがあった。そのとき、彼は血尿を吐いて驚いて、悲鳴をあげていたっけ。思い出し笑いをしてしまって、彼が眉をひそめた。
「お、おい、なに笑ってんだよ。他人の不幸は蜜の味ってやつか?」
「お前から見る俺はそんなに性格が悪いのか」
「えー、そうでもないかも?」
「ただたんに、お前でも不安になったりすること、あるんだなぁと思って」
「そりゃ本気でやってりゃ、不安になりますよ」
ちょっとだけ、それだけで、なんだか十分な気持ちになった。
(了)
これからの時代、銀行業務が不要になることはないと断言できる。しかし、銀行員がこれからもずっと必要とされるのかというとそうではない、という圧倒的な不安。日々の業務であれば、IT技術を使えばオンラインでなんでもできてしまう。そもそも、銀行の店舗だって減っていく時分に、自分の仕事がこれから先、縮小されていくことくらい、目に見えてわかる。
だからといって、今すぐに、行動に移さなくても別段、困りはしないだろう。ただ、不安がだんだんと積もってきている。ちょっとだけ、今のままでいいのだろうかと。
そんな重たい体を引っ張って、帰宅する。
「あい、おかえりー」
だらしのない間の伸びた声。同居している男のものだ。
「はい、ただいま。あれ、今日はおでん」
「そうそう、おっでーん」
いい気なものだ。
彼はまんが書きなのである。
その自由な商売のせいか、彼自身ものびのびとしていて、困りごとや不安などひとかけらもなさそうで、かなりうらやましい。
俺は手を洗って彼の占領してるこたつに足を入れようとした。
「あのさー」
彼が声をかけてきた。
「おれさ、もしかしたら、無職になるかも」
「は?」
「ああ、いや、今だって、まんが書いてないと完全に無職のひきこもりだよな」
えへへと笑みを浮かべる彼。
「どういうこと?」
「えーっと、打ち切り? に、なっちゃうかもーしーれないなーっていう雰囲気というか」
彼の口調は重たくない。深刻とは真逆の声のトーンではあった。しかし。
「本当かよ!?」
「本当かも?」
「なんで疑問形なんだよ」
「おれだってわっかんねぇって、先のこと、どうなるかわかったらさいこーだけどね、わっかんないから。あ、べつにアンケートでやらかしたのは先週だけなんだけど」
「それなら、別に、お前のことだから、すぐに挽回するんじゃないかのか?」
「うーん、楽観主義だなぁ。最近のコンテンツ消費の速さは尋常じゃないのよ。おれのなんか、すぐにオワコンになっちゃうよぉ」
めずらしく、ぐずぐずと後ろ向きな彼に少し、驚く。
「あんなに頑張って書いているのに?」
「読者にそーいうのはつーようしませーん。一読して面白いか、どうか。ためになるか、どうかです。もう今日はほんと、不安で死にそう。何度もトイレ行った」
「トイレ?」
「そう。まじ、おれ、精神状況が腹にくるんだよねぇ」
だから今日はおでんなの、と彼はこたつの上で湯気を立てているそれを指さした。消化にいいものが食べたいのだそうだ。そういえば、前にも彼がめそめそしていることがあった。そのとき、彼は血尿を吐いて驚いて、悲鳴をあげていたっけ。思い出し笑いをしてしまって、彼が眉をひそめた。
「お、おい、なに笑ってんだよ。他人の不幸は蜜の味ってやつか?」
「お前から見る俺はそんなに性格が悪いのか」
「えー、そうでもないかも?」
「ただたんに、お前でも不安になったりすること、あるんだなぁと思って」
「そりゃ本気でやってりゃ、不安になりますよ」
ちょっとだけ、それだけで、なんだか十分な気持ちになった。
(了)
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こういう感じの話、私凄く好きです!
これからも頑張って下さい(о´∀`о)
( 日本語間違ってたらすみません🙇 外国人で、日本語はまだ勉強中なんです(´;ω;`)
お読みいただき、ありがとうございます。あたたかなコメント、すごく嬉しいです。