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2020
174.知らぬ花
しおりを挟む※今回は前田視点です。
…俺の彼女は、冷たい。
基本、俺のことは放置の姿勢だ。誘うのもいつもこっちから。多分、俺が要求しなければこのまま一生放置され続けるという自信は有る。
その昔、先輩に頼まれて仕方なくコンパに行くことになり、それを話した時も無反応だった。普通は怒ったりするだろうに、むしろ『なんでそんなことをイチイチ伝えてくるの?』と言わんばかりの態度で眉間に皺を寄せていたっけ。
………
「はいはい、そんな彼女がプロポーズを受けてくれたんでしょ?良かったじゃない」
「ええ、頑張りましたからね、俺」
会社と駅の中間地点に有る、馴染みのバー。
カウンター席の隣りに座っているのは、営業部に所属する3つ年上の女性でその名を村瀬裕美さんという。新入社員とOJTの指導員という関係から始まり、今でもこうして相談に乗って貰っている。
仕事のことは勿論、…いや、最早その相談内容の9割は恋愛関連なのだが。裕美さんは本当に聡い人で、俺が片想いをしていることに誰よりも早く気付き、それをネタにこうして月に数回、飲みに誘い出してくれたのだ。俺が相手と付き合うことになってからもその交流は途切れず、相変わらず逐一報告させられている。
「ええっ!前田、アンタ…」
「はい?」
裕美さんがプロポーズの状況を教えろというので、事細かに話したのに。恐ろしいほどのダメ出しに遭ってしまった。うわっ、そんなに顔を歪めなくても。
「ふ、普通はね、高級レストランとか、夜景の綺麗な場所とか、2人だけで旅行した時とか…。とにかく思い出に残るような素敵なシチュエーションを狙うものなのッ」
「はあ、そうですか…」
「それも指輪や花束も無し?どんだけ手抜きなんだっつうの!」
「いやあ、でも…。俺の彼女、普通じゃ無いんで。仕事第一で、社内恋愛がバレたくないからって、2人きりでの外食もNGなんですよ?それどころか休日に何処かへ遊びに行こうと誘っても『人目が怖い』とか言って断られるし、俺が彼女の誕生日にプレゼントを渡したら、受け取り拒否されたの裕美さんも知ってるでしょ?」
う…。多分、きっといつもの定番フレーズがここで炸裂するんだろうなあ。
「あのさ、前田。2人の仲を公表しない、平日にしか会えない、会ってもご飯食べてセックスするだけ。それって一般的にはセフレと呼ぶんだよ?」
「またソレですか」
「後さあ、プロポーズを承諾して貰えたって浮かれてる時に悪いんだけど、『そろそろ俺も結婚しようかな』と言って『そうなんだ』と返答されたというやり取りは、相手が自分のことをセフレだと思っている場合、客観的に考えて…」
「客観的に考えて?」
思わず喉がゴクリと鳴った。
「セフレを切ろうとする男の、別れの言葉にしか聞こえないわ」
「え、えええっ?!んなワケないでしょう??だって俺、千脇と結婚する気、満々なのに?!」
「だ~か~ら~、そもそも向こうは自分が彼女だという認識すら無いってば」
「あはは、面白いことを言いますね、裕美さん。まあ、人それぞれですし。俺と千脇の関係は、傍目から見ると異質に見えるかもしれません。でも、アイツが俺のことを凄く好きなのは分ってますんで」
そう、この時の俺は妙に自信が有ったのだ。
もともと恋愛には不器用で。いいトシして、本命の相手にはぶっきらぼうに接してしまうという情けない男だということは自覚していた。それでも、飲み会なんかでワザと千脇に聞こえるように褒めてみるなど、努力は欠かさなかったのである。
『俺の彼女は料理上手で、しかも凄く可愛い』と。それを耳にしたからこそ、数日後に豚汁を作ってくれたり、いつもと違う雰囲気で接してくれたのだろうから。
「後悔しても遅いわよ?悪いことは言わないから、改めてプロポーズしなさい。『好きだから結婚してください』って、分かり易く明瞭に伝えるの!!」
「そんなの必要ない、絶対に大丈夫ですって。俺と千脇は言葉じゃなく心で繋がってるから!」
「は~っ、本当にバカ。そして無駄に頑固だし」
「うっ、相変わらず辛辣だなあ」
裕美さんの言うことはいつでも正しかったのに、何故かこの時だけは間違っていると思い込んでしまったのだ。
…そしてそれを後悔するのは、
かなり先のことになる。
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