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2020
132.待ち合わせ
しおりを挟む「ユキちゃん、ありがと」
おむすびを頬張る桐矢くんに麦茶を出した。
「休憩って、これからまた?」
「うん、納屋とか、物置とかさ、子供が隠れんぼに入り込んだりするから、オレらは家の周りを見てみようかって、鍵掛かって出れなくなってる可能性もあるしな」
「そっか……」
「なぁ、ユキちゃん食べてないだろ?」
「えっ……」
食欲が湧かず、何も手をつけれなかったのがナゼかバレてる。
はいと、おむすびを渡された。続けて楊枝に刺した肉団子まで、口元にきて、私は大人しく肉団子を頬張った。
晩ごはん、と言うには遅いけれど、こうして夜に桐矢くんと食事をするのは、ここに戻った頃の、泣くばかりだったあの頃以来だ。
最近では、晩ごはんに誘っても「食べたら帰れなくなりそうだから」と、断られる。食べたらすぐ眠くなっちゃうのは子供の頃から変わらないらしい。
「あのな、チカちゃんのお母さんの、リカコさんがさ、昨夜チカちゃんに怒鳴ってしまったんだと、亡くなったお母さん、リカコさんのお母さんな。その手作りの人形を壊したって」
卵焼きを飲み込み、桐矢くんは話してくれた。
「朝になって、おばあちゃんに直してもらってくるって、言って、チカちゃん、人形を持って出たんだって」
「……」
「リカコさんも、おばあちゃんって言うから、隣の坂木のばあちゃんのことかと思ったらしいんだ。前の日、坂木のばあちゃん家に行ったらしいから」
私も出会った、メロンをおすそ分けした時だ。
「でも、坂木のばあちゃん家には行ってないって分かって……」
「今朝ね、私が見たのは、坂木のおばあちゃん家とは反対に行く姿だったの」
『おばーちゃん、まってぇ』
チカちゃんは誰に言ったのか……。
私は、縁側からしましまさんの拾い物の入ったカゴを持ってきた。
「ねぇ、桐矢くん、今朝しましまさんが拾ってきたバースデーカードね、この“りっこちゃん”って、リカコさんのことだったの」
告げる私に、は? のまま桐矢くんは固まった。そして、何度かカードと私を見比べた。
「しましまさんはね、拾い物の持ち主にあった時、体を擦り寄せるて教えてくれるの。まるで“待ってたよ”って伝えてるみたいに」
「え……それ、三島の時」
そう、実際しましまさんの拾い物の持ち主が家にきた時に、桐矢くんが居合わせたのは、三島さんと沖野ヨウコさんが訪れた時だけだ。
「うん、三島さんの時もそうだった。しましまさんがそうやって教えてくれるから、私も声を掛けて縁側まで来てもらってたの」
縁側でお茶を飲みながら、他愛のない話をし、偶然のようにカゴの中の縁ある物を見つける。そうやって、しましまさんの拾い物を返していた。
「そう、だったんだ」
「こんな話、信じられる?」
「信じるよ」
応えはすぐだった。
「しましまが、他の猫と違うのは、知ってるから」
その言葉に私の方が絶句した。
「……それって、どういう」
「見つかったぞー!」
外からの声に桐矢くんも私も立ち上がり、表に出た。
「チカ!!」
「チカちゃんが見つかったぞ!」
「よかった、よかったねぇ」
足取りに疲労などは見えない様子で、チカちゃんは戻ってきた。
懐中電灯に照らされたチカちゃんは、両手に人形を二体抱えて、しましまさんと一緒に、戻ってきた。
そして、それは、チカちゃんに縋り付き泣くリカコさんと、笑顔の戻った町の人に囲まれた中で、
「はいママ! おばーちゃんが、りっこちゃんにわたしてって」
チカちゃんは二体の人形を母親に差し出した。
「え……」
人形を手渡されリカコさんは固まっていた。
動かないリカコさんに、一度戻ろう、と声をかけられたがチカちゃんは「まって!」と大人たちを止めた。
「あのね、にゃんちゃんが、ママのおたんじょうびのカードもってるの!」
息を飲んだ。
「にゃあん」
チカちゃんの足元でしましまさんがひと鳴きする。
「あぁ、よく何か拾って持って帰るって猫か」
しましまさんのことを知る人の声があがる中、動けない私の耳元で「オレが取ってくるから」と残し、桐矢くんは離れて行った。
「誕生日のカードってこれかな?」
「うん!」
知っていたかのようにチカちゃんはバースデーカードを受け取った。
「それを、猫が拾ってきたのか?」
「そうだよ! その猫は賢いけぇ、こないだは、わたしのお守り見つけてくれたんだよ」
隣のおばあちゃんに続くのは、
「あー、その猫か! うちのじーさんが作ったルアーも見つけたらしいからな」
「あぁ、ユキさん家の猫か! うちも娘にもらった、手作りのキーホルダーを見つけてくれてたんだよ!」
「鼻がいいんだよ」
「そんな賢い猫だったのか!」
「チカちゃんを見つけたのは、その猫なのか!?」
「すごいな! 猫なのに鼻がいいのか」
「なぁ、カードにはなんて書いてあるって?」
こんなふうに、大勢の前で知られたくなかった。
ドクンドクンと心臓の音が頭で響く。
「ユキちゃん、ユキ! 息しろ」
「はっ……、は、とうやくん……」
呼吸を忘れるほどの不安に、固く握り締めていた手を解いた。
「戻ろう、ユキちゃん」
「…………」
振り返えり、見たのは、膝を着き、人形を抱きしめたリカコさんと、体を擦り寄せているしましまさんの姿。
しましまさんの拾い物は町の皆が知ることになった。
翌日から猫の拾い物を覗きに、何人もの人が家を訪れ、拾い物をする珍しい猫しましまさんも人に追い回された。
そして、しましまさんは家へ戻って来れなくなり……。
私は総司くんとの繋がりを失った。
おむすびを頬張る桐矢くんに麦茶を出した。
「休憩って、これからまた?」
「うん、納屋とか、物置とかさ、子供が隠れんぼに入り込んだりするから、オレらは家の周りを見てみようかって、鍵掛かって出れなくなってる可能性もあるしな」
「そっか……」
「なぁ、ユキちゃん食べてないだろ?」
「えっ……」
食欲が湧かず、何も手をつけれなかったのがナゼかバレてる。
はいと、おむすびを渡された。続けて楊枝に刺した肉団子まで、口元にきて、私は大人しく肉団子を頬張った。
晩ごはん、と言うには遅いけれど、こうして夜に桐矢くんと食事をするのは、ここに戻った頃の、泣くばかりだったあの頃以来だ。
最近では、晩ごはんに誘っても「食べたら帰れなくなりそうだから」と、断られる。食べたらすぐ眠くなっちゃうのは子供の頃から変わらないらしい。
「あのな、チカちゃんのお母さんの、リカコさんがさ、昨夜チカちゃんに怒鳴ってしまったんだと、亡くなったお母さん、リカコさんのお母さんな。その手作りの人形を壊したって」
卵焼きを飲み込み、桐矢くんは話してくれた。
「朝になって、おばあちゃんに直してもらってくるって、言って、チカちゃん、人形を持って出たんだって」
「……」
「リカコさんも、おばあちゃんって言うから、隣の坂木のばあちゃんのことかと思ったらしいんだ。前の日、坂木のばあちゃん家に行ったらしいから」
私も出会った、メロンをおすそ分けした時だ。
「でも、坂木のばあちゃん家には行ってないって分かって……」
「今朝ね、私が見たのは、坂木のおばあちゃん家とは反対に行く姿だったの」
『おばーちゃん、まってぇ』
チカちゃんは誰に言ったのか……。
私は、縁側からしましまさんの拾い物の入ったカゴを持ってきた。
「ねぇ、桐矢くん、今朝しましまさんが拾ってきたバースデーカードね、この“りっこちゃん”って、リカコさんのことだったの」
告げる私に、は? のまま桐矢くんは固まった。そして、何度かカードと私を見比べた。
「しましまさんはね、拾い物の持ち主にあった時、体を擦り寄せるて教えてくれるの。まるで“待ってたよ”って伝えてるみたいに」
「え……それ、三島の時」
そう、実際しましまさんの拾い物の持ち主が家にきた時に、桐矢くんが居合わせたのは、三島さんと沖野ヨウコさんが訪れた時だけだ。
「うん、三島さんの時もそうだった。しましまさんがそうやって教えてくれるから、私も声を掛けて縁側まで来てもらってたの」
縁側でお茶を飲みながら、他愛のない話をし、偶然のようにカゴの中の縁ある物を見つける。そうやって、しましまさんの拾い物を返していた。
「そう、だったんだ」
「こんな話、信じられる?」
「信じるよ」
応えはすぐだった。
「しましまが、他の猫と違うのは、知ってるから」
その言葉に私の方が絶句した。
「……それって、どういう」
「見つかったぞー!」
外からの声に桐矢くんも私も立ち上がり、表に出た。
「チカ!!」
「チカちゃんが見つかったぞ!」
「よかった、よかったねぇ」
足取りに疲労などは見えない様子で、チカちゃんは戻ってきた。
懐中電灯に照らされたチカちゃんは、両手に人形を二体抱えて、しましまさんと一緒に、戻ってきた。
そして、それは、チカちゃんに縋り付き泣くリカコさんと、笑顔の戻った町の人に囲まれた中で、
「はいママ! おばーちゃんが、りっこちゃんにわたしてって」
チカちゃんは二体の人形を母親に差し出した。
「え……」
人形を手渡されリカコさんは固まっていた。
動かないリカコさんに、一度戻ろう、と声をかけられたがチカちゃんは「まって!」と大人たちを止めた。
「あのね、にゃんちゃんが、ママのおたんじょうびのカードもってるの!」
息を飲んだ。
「にゃあん」
チカちゃんの足元でしましまさんがひと鳴きする。
「あぁ、よく何か拾って持って帰るって猫か」
しましまさんのことを知る人の声があがる中、動けない私の耳元で「オレが取ってくるから」と残し、桐矢くんは離れて行った。
「誕生日のカードってこれかな?」
「うん!」
知っていたかのようにチカちゃんはバースデーカードを受け取った。
「それを、猫が拾ってきたのか?」
「そうだよ! その猫は賢いけぇ、こないだは、わたしのお守り見つけてくれたんだよ」
隣のおばあちゃんに続くのは、
「あー、その猫か! うちのじーさんが作ったルアーも見つけたらしいからな」
「あぁ、ユキさん家の猫か! うちも娘にもらった、手作りのキーホルダーを見つけてくれてたんだよ!」
「鼻がいいんだよ」
「そんな賢い猫だったのか!」
「チカちゃんを見つけたのは、その猫なのか!?」
「すごいな! 猫なのに鼻がいいのか」
「なぁ、カードにはなんて書いてあるって?」
こんなふうに、大勢の前で知られたくなかった。
ドクンドクンと心臓の音が頭で響く。
「ユキちゃん、ユキ! 息しろ」
「はっ……、は、とうやくん……」
呼吸を忘れるほどの不安に、固く握り締めていた手を解いた。
「戻ろう、ユキちゃん」
「…………」
振り返えり、見たのは、膝を着き、人形を抱きしめたリカコさんと、体を擦り寄せているしましまさんの姿。
しましまさんの拾い物は町の皆が知ることになった。
翌日から猫の拾い物を覗きに、何人もの人が家を訪れ、拾い物をする珍しい猫しましまさんも人に追い回された。
そして、しましまさんは家へ戻って来れなくなり……。
私は総司くんとの繋がりを失った。
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