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✿初稿
22.
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「なんなんですか、あのひとは」
「ん~、ただの人間じゃないの?」
「いや、化け物でしょう。これ、絶対、化け物だと思いますよ」
千尋が書き始めたので、松宮も書き始めることにした。自分が連載しているまんがの原稿だ。仕事場で古賀が先にネームをみて、コマ枠の下書きをいれてくれていた。それを修正しながら、原稿用紙の上に青いシャーペンでラフに線を描いていく。
目は紙へ。手は動かしながら。それでも話しかけてきた花荻のことばに松宮は返した。
「人間だよ、血の通った、ひとりの出来損ないの人間だ」
「いや、あれは何かの機械か何かなんじゃないかって思います。常人じゃない。あのひと、一体いくつ仕事かけもちしていると思います? あのひとに頼めば絶対だから、俺以外のひとも、みんなあのひとに仕事頼ってて」
「それしながらも、自分の作品書いてるんだよ、千尋」
「え? 作品?」
「知らないの? あのひと、こっそり劇団の脚本書いてるの」
「はあ!? 人間やめてんの!?」
「やめてないよぉ。千尋は人間のままだから楽しいよぉ。劇団マッドスピリッツ。めっちゃ手作り劇団なんだけど、とにかくぶっとんでんの。ああいう面白さは理屈じゃなくて情熱だよねぇ」
「いや、え、は!?」
余計に化け物じみてきた。松葉ゆうのような色情狂作家も化け物だが、千尋崇彦という編集者も何かおかしい。
「ちーちゃんはね、とにかく、人間やめるのがうまいんだよ」
「いや、さっき、やめるのがうまいって言ってなかったすか?」
「そーだっけ?」
本当によくこんなやつと会話ができるよな、と千尋を眺める。その千尋の手はとまらずに動き回っている。遠目からみても鬼気迫るようなものすごい気迫だった。
「たぶん、俺と同じで人間やめてたんだと思う。自分を生きるのをやめてたくち」
「ああ、もう俺には何がなんだか」
「自分のこと、遠ざけて、遠くから自分を眺めることで、なんとか生きてるんだと思う。そのまま、あのひと、ここまで来ちゃったから、すごく俯瞰で見れるんだよ。次の段取りとかどうしたら自分の持って行きたい状況に持って行けるのか、とか」
「はいはい、そうですねそうですね、千尋さんはこれ終わったと思ったらもう次のこと終わらせてますもん」
「あと、脳筋体質だからかな。編集部に来た原稿は全部に目を通しているっていってたし、他の出版社が出している雑誌も買い込んで毎月研究のためにわからないところとか俺に聞きにくるもん」
「おわ……」
「千本ノックで、できるようにならなければ、あのひと、平気で一万本くらい打ってくるよ、めっちゃうざい」
けらけらと笑う松宮に花荻はぎょっとした。もしかして、このひとたち、そう松宮と千尋は互いに互いを利用し合っているのか。
「最初俺、まんが始めた理由は、好きな男の好きな男をぶんなぐりたいからだった、本当にそれだけだった。だけどね、そんなだらしない心で描いた原稿じゃ、本気で本をつくりたい男の前には無力で、こっちまで本気にならざるを得なかったわけ」
いや、男って、本当にお前はそれしかないんだな、と松宮を見ながら、ふっと何かに気がついた花荻は、思わず背筋を伸ばした。
「松葉先生、本当は書けますよね。千尋さんにプロット頼まなくても、もう一本書けるんですよね?」
「おや、ばれた?」
嬉しそうに松宮がにやりと笑った。
「あのひとが連れ込んだ道なんだよ。俺、まんが家なんてなりたくなかったもん。でも、あいつから飛び火して、なかなか消火できないから、こんなことになってんの。超うけるでしょ。たまには仕返ししてもいいと思う」
違う、そうか、違ったのだ。
千尋が担当する作家がいい作品を出して来るのは。使い物になるのかわからない、発掘されたばかりの作家を、彼ら以上に本物の本気で千尋がぶつかっていくから、作家たちは本気にならざるを得ないのか。
「ちーちゃんに仕事投げつける前に、自分で考えたことある? 考えてても、だいたいなあなあで、流してない?」
花荻は黙り込んだ。
「ん~、ただの人間じゃないの?」
「いや、化け物でしょう。これ、絶対、化け物だと思いますよ」
千尋が書き始めたので、松宮も書き始めることにした。自分が連載しているまんがの原稿だ。仕事場で古賀が先にネームをみて、コマ枠の下書きをいれてくれていた。それを修正しながら、原稿用紙の上に青いシャーペンでラフに線を描いていく。
目は紙へ。手は動かしながら。それでも話しかけてきた花荻のことばに松宮は返した。
「人間だよ、血の通った、ひとりの出来損ないの人間だ」
「いや、あれは何かの機械か何かなんじゃないかって思います。常人じゃない。あのひと、一体いくつ仕事かけもちしていると思います? あのひとに頼めば絶対だから、俺以外のひとも、みんなあのひとに仕事頼ってて」
「それしながらも、自分の作品書いてるんだよ、千尋」
「え? 作品?」
「知らないの? あのひと、こっそり劇団の脚本書いてるの」
「はあ!? 人間やめてんの!?」
「やめてないよぉ。千尋は人間のままだから楽しいよぉ。劇団マッドスピリッツ。めっちゃ手作り劇団なんだけど、とにかくぶっとんでんの。ああいう面白さは理屈じゃなくて情熱だよねぇ」
「いや、え、は!?」
余計に化け物じみてきた。松葉ゆうのような色情狂作家も化け物だが、千尋崇彦という編集者も何かおかしい。
「ちーちゃんはね、とにかく、人間やめるのがうまいんだよ」
「いや、さっき、やめるのがうまいって言ってなかったすか?」
「そーだっけ?」
本当によくこんなやつと会話ができるよな、と千尋を眺める。その千尋の手はとまらずに動き回っている。遠目からみても鬼気迫るようなものすごい気迫だった。
「たぶん、俺と同じで人間やめてたんだと思う。自分を生きるのをやめてたくち」
「ああ、もう俺には何がなんだか」
「自分のこと、遠ざけて、遠くから自分を眺めることで、なんとか生きてるんだと思う。そのまま、あのひと、ここまで来ちゃったから、すごく俯瞰で見れるんだよ。次の段取りとかどうしたら自分の持って行きたい状況に持って行けるのか、とか」
「はいはい、そうですねそうですね、千尋さんはこれ終わったと思ったらもう次のこと終わらせてますもん」
「あと、脳筋体質だからかな。編集部に来た原稿は全部に目を通しているっていってたし、他の出版社が出している雑誌も買い込んで毎月研究のためにわからないところとか俺に聞きにくるもん」
「おわ……」
「千本ノックで、できるようにならなければ、あのひと、平気で一万本くらい打ってくるよ、めっちゃうざい」
けらけらと笑う松宮に花荻はぎょっとした。もしかして、このひとたち、そう松宮と千尋は互いに互いを利用し合っているのか。
「最初俺、まんが始めた理由は、好きな男の好きな男をぶんなぐりたいからだった、本当にそれだけだった。だけどね、そんなだらしない心で描いた原稿じゃ、本気で本をつくりたい男の前には無力で、こっちまで本気にならざるを得なかったわけ」
いや、男って、本当にお前はそれしかないんだな、と松宮を見ながら、ふっと何かに気がついた花荻は、思わず背筋を伸ばした。
「松葉先生、本当は書けますよね。千尋さんにプロット頼まなくても、もう一本書けるんですよね?」
「おや、ばれた?」
嬉しそうに松宮がにやりと笑った。
「あのひとが連れ込んだ道なんだよ。俺、まんが家なんてなりたくなかったもん。でも、あいつから飛び火して、なかなか消火できないから、こんなことになってんの。超うけるでしょ。たまには仕返ししてもいいと思う」
違う、そうか、違ったのだ。
千尋が担当する作家がいい作品を出して来るのは。使い物になるのかわからない、発掘されたばかりの作家を、彼ら以上に本物の本気で千尋がぶつかっていくから、作家たちは本気にならざるを得ないのか。
「ちーちゃんに仕事投げつける前に、自分で考えたことある? 考えてても、だいたいなあなあで、流してない?」
花荻は黙り込んだ。
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