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✿初稿

21.

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「ぎゃはは! ウケるぅ! 何それ、なかまぁ? うはっ、キモッ!」
 まぶたを開けたとき、松宮の汚い笑い声が響き渡っていた。
「うるさい、松葉ゆう。紙を出しなさい」
 きっと彼を睨めば、松宮の顔が変化した。だらしなかった顔つきがきりっと引き締まった。相変わらず口調はだらしないが。
「オーケイ、さ、やれよ、先生」
 挑発するように、松宮が背負って来たリュックのなかから白い紙をどさっと机の上に、載せた。それを一枚もぎとると、千尋はワイシャツの胸ポケットのなかで眠っていたボールペンをノックした。
「え、ちょっ」
「花荻、黙って。黙らないなら俺とチューだから」
 話しかけようとした花荻を松宮が制止させた。千尋は何かにとりつかれたように、紙にペンを走らせはじめた。
 わかっている。まずはわかっていることから整理し始めるしかない。松宮が提示したタイムリミットは二時間。それが終わって松宮がネームを切り出す。もし会議で代原の座を得れたとしても、作画をする松宮はひとりでふたつの、この原稿と自分の連載分の原稿をしなければならない。
 どうしたらいい? ただ面白いだけではなく、雑誌に載せる――期日までにふたつの原稿を抱えた松宮が描ききることができなくてはならない。
 そして、穴埋めである。ハードで過激でロマンチックな作風で連載している松宮と違って尾張先生のはどちらかというとゆったりとした優しい雰囲気だ。松宮にあわせるのなら、彼の得意なゴージャスなロマンスを選択するべきか。いや、違う、それは違う。それじゃないのだと、わからない、わからないけれど、それは違う。きっと、違う。
 松宮にあわせて書いたところで、松宮にはきっと見透かされてしまう。真剣に挑むひとには真剣で挑まねばならない。負担のことも考えながら、それでも、面白く、極上の物語を、そして需要のことも生産のことも考えて、そのうえで――、ああ、わかる、大丈夫、どうしてだろう、ひとつじゃない問題が沢山ならんだとき、それが目の前に張り出してきて、圧迫して苦しくなる。はやく水面に抜け出る道を見つけないと、溺れて死んでしまうかもしれない。水の底から天空を見つめる。空から降り注ぐ光はどこから差し込む? それさえわかれば、その方向に泳いでいけたら!

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