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✿初稿
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午後八時。アサイ食堂、前。
あのあと何度連絡をいれても松宮が返事を寄こさないので、心配になって仕事を切り上げて、来てしまった。千尋が心配しているのは、松宮のことではない。守谷のことだ。守谷と聞いて思い浮かぶのは彼しかいない。
守谷勝世。
千尋とは高校時代からの付き合いだ。いまは、定職につかずに祖母の経営している定食屋を手伝いつつ演劇に邁進している。劇団マドスピは、彼がゼロからつくりあげた趣味の塊のような演劇集団で、微々たる売り上げと少ないながら熱狂的なファンに支えながら、ふらふらと自転車操業中だ。
松宮から言われた「モリヤ」が果たして彼なのかわからないが、ともかくあの電話のあと連絡がとれない。何かあってからでは遅い。あの松宮の無駄に高いフットワークだけは舐めてはいけない。腐れ縁の貞操と命の心配をしながら、駆けつけて見たはいいが、窓からあふれる照明の光と、人々の笑い声に、どこにでもある食事処の雰囲気しかない。
「いらっしゃ……お、千尋!」
ガラガラと音の鳴る引き戸をあけて、店内に入れば、すぐに店員が顔を出した。守谷勝世、である。
「うわ、ひさしぶりだな、元気してたか!」
すぐに駆け寄ってきた守谷は、マドスピのロゴ入りTシャツにジーパンとラフな格好をしているせいか、彼だけまるで学生時代で時間がとまっているような感覚だった。同じ年なのに、若いと感じてしまった。
「えっと、松宮先生は?」
「え? 松宮?」
「ああ、えっと、その……」
そりゃ変だよな。担当している作家に「午後八時、守谷の家」と言われて、つい駆けつけてきてしまった、なんて。なかなか口を開けずにいる千尋に守谷は優しくほほえんだ。
「松宮! 松宮って、松宮侑汰だよな! やっぱりお前のところに行ったんだ! あいつ今まんが描いてるっていってたしな! てっきり俺、そりゃ嘘だと思っていたんだが」
「え?」
あのあと何度連絡をいれても松宮が返事を寄こさないので、心配になって仕事を切り上げて、来てしまった。千尋が心配しているのは、松宮のことではない。守谷のことだ。守谷と聞いて思い浮かぶのは彼しかいない。
守谷勝世。
千尋とは高校時代からの付き合いだ。いまは、定職につかずに祖母の経営している定食屋を手伝いつつ演劇に邁進している。劇団マドスピは、彼がゼロからつくりあげた趣味の塊のような演劇集団で、微々たる売り上げと少ないながら熱狂的なファンに支えながら、ふらふらと自転車操業中だ。
松宮から言われた「モリヤ」が果たして彼なのかわからないが、ともかくあの電話のあと連絡がとれない。何かあってからでは遅い。あの松宮の無駄に高いフットワークだけは舐めてはいけない。腐れ縁の貞操と命の心配をしながら、駆けつけて見たはいいが、窓からあふれる照明の光と、人々の笑い声に、どこにでもある食事処の雰囲気しかない。
「いらっしゃ……お、千尋!」
ガラガラと音の鳴る引き戸をあけて、店内に入れば、すぐに店員が顔を出した。守谷勝世、である。
「うわ、ひさしぶりだな、元気してたか!」
すぐに駆け寄ってきた守谷は、マドスピのロゴ入りTシャツにジーパンとラフな格好をしているせいか、彼だけまるで学生時代で時間がとまっているような感覚だった。同じ年なのに、若いと感じてしまった。
「えっと、松宮先生は?」
「え? 松宮?」
「ああ、えっと、その……」
そりゃ変だよな。担当している作家に「午後八時、守谷の家」と言われて、つい駆けつけてきてしまった、なんて。なかなか口を開けずにいる千尋に守谷は優しくほほえんだ。
「松宮! 松宮って、松宮侑汰だよな! やっぱりお前のところに行ったんだ! あいつ今まんが描いてるっていってたしな! てっきり俺、そりゃ嘘だと思っていたんだが」
「え?」
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