チョコレートのお返し、ください。

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
4 / 13

✿4.

しおりを挟む


 とりあえず、旅館に移動するという話になった。千尋とはそこで落ち合う約束をして、新崎は帰りのバスに乗り込む。
「あのさ」
 酒田が新崎の隣に座る。
「なんですか?」
「あのさっきの千尋って、もしかして、千尋崇彦のこと?」
 さきほどのひとりごとを聞かれていたのを思い出して、新崎は息を飲んだ。
「そういえば、お前、ドラマ・デビューしたてのころ、やたらめったら千尋さんのこと話してたよな?」
「はえ?」
「覚えてないの? インタビュー記事とか残っているから、あとで見せてやろうか。すごいぞ。何せ、好きなものを聞かれたら、千尋崇彦の脚本ですって答えているあたり。ただのオタクじゃん」
「い、いいじゃないですか。好きな脚本家がいたって」
「まー、そうなんだろうけど。憧れのひとはって聞かれたら、だいたい同じ役者の名前を挙げるだろ?」
「いますよ? 同業者ヤクシャで憧れているひととかたくさん」
「ほぉ?」
「劇団ですっごいお世話になった新庄さんとか最高ですからね。千尋さんの『議会討論戦記』でジュリアスを演じているんですが、めちゃくちゃすごい行間を膨らませるのが上手で、情感豊かにジュリアスの哀愁を表現するんですよ!」
「千尋さんの『議会討論戦記』ねぇ……」
「あっ!」
「何気に千尋さんの話になってねぇか?」
「新庄さんの! 話です!」
「まあ、そういうことにしてやるか。なんかお前がかわいそうになってきたわ」
「はい!? なんでですか!?」
「まあ、よくわからないが、頑張れよ」
「え?」
「だって、まだ映像作品では出演してないじゃんか、お前」
「あ……」
 そうだ。
 まだ、千尋さんの書いた脚本でカメラの前に立ったことがない――。





「すごいね。日本家屋って感じだ。写真とっておかなくちゃ」
 ロケ隊の宿泊している旅館についた新崎は千尋と合流した。広い浴室は温泉から湯を引いているらしく、一日の疲れが癒される絶品だ。それに料理もおいしい。
「ふふ。千尋さん、それって資料あつめのためですか?」
 デジカメひとつ手にとって、旅館の廊下を歩く千尋に新崎は微笑む。なんだか可愛らしくてしかたがないのはいつものことだが、今日もまた可愛くてしかたがない。
「まーね。あと個人的な趣味」
「でも千尋さんが撮った写真って結構な頻度で指が入り込んでいますよね」
 現像した写真の隅に千尋の手がぼやけて入り込んでいるのを思い出した。それを指摘すると、むっとした表情になる。そんなささやかな変化すら愛おしい。
「いいじゃないか、もう」
「はいはい、からかいすぎました。ごめんなさい」
「うーん、許す!」
「ありがとうございますっ」
 幸せだ。
 隣に彼がいるとうだけで心が弾む。世界が輝いて見えるかのように。
 けれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夢はサンタクロース

阿沙🌷
BL
大きなオーディションに失敗した新人俳優・新崎迅人を恋人に持つ日曜脚本家の千尋崇彦は、クリスマス当日に新崎が倒れたと連絡を受ける。原因はただの過労であったが、それから彼に対してぎくしゃくしてしまって――。 「千尋さん、俺、あなたを目指しているんです。あなたの隣がいい。あなたの隣で胸を張っていられるように、ただ、そうなりたいだけだった……なのに」 顔はいいけれど頭がぽんこつ、ひたむきだけど周りが見えない年下攻め×おっとりしているけれど仕事はバリバリな多分天然(?)入りの年上受け 俳優×脚本家シリーズ(と勝手に名付けている)の、クリスマスから大晦日に至るまでの話、多分、そうなる予定!! ※年末までに終わらせられるか書いている本人が心配です。見切り発車で勢いとノリとクリスマスソングに乗せられて書き始めていますが、その、えっと……えへへ。まあその、私、やっぱり、年上受けのハートに年下攻めの青臭い暴走的情熱がガツーンとくる瞬間が最高に萌えるのでそういうこと(なんのこっちゃ)。

お月見には間に合わない

阿沙🌷
BL
新米俳優の新崎迅人は、愛する恋人千尋崇彦に別れを告げて、W県まで撮影ロケに来た。 そこで観光していた漫画家の松葉ゆうと彼の連れである門倉史明に遭遇。阿鼻叫喚のなか、彼は無事に千尋のもとへと帰れるのか――!! 相変わらずテンションだけで書き殴ったお月見ものです。去年は松宮侑汰の話を書いていたので、今年は新崎たちのものを。 ✿去年のお月見SS→https://www.alphapolis.co.jp/novel/54693141/462546940「月見に誘う」 ✿松宮門倉の旅行風景(?)→https://www.alphapolis.co.jp/novel/54693141/141663922"「寝顔をとらせろ」

憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×日曜脚本家SS掌編集!!

阿沙🌷
BL
新人俳優の新崎迅人と日曜脚本家の千尋崇彦のいちゃいちゃなSS詰め!のつもり!

台本、見られまして

阿沙🌷
BL
新進気鋭のイケメン若手役者、新崎迅人は居間で次の仕事の台本を読んでいた。何を隠そう、次に演じるのは彼の愛しいひと、千尋崇彦の好きな小説家の作品を原作にしたSFドラマだ。そのことを新崎は必死に隠そうとしていたのだが――。

俺、ポメった

三冬月マヨ
BL
なんちゃってポメガバース。 初恋は実らないって言うけれど…? ソナーズに投稿した物と同じです。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...