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寝呆けもあきれる朝いちばん

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「はよ」
 まだ、眠い。
 ものすごい引力を布団が発している。けれど、目が覚めてしまったのだ。ここは人間の世界だ。お布団はお呼びではない。これから、通学だ。
 洗面台までたどりついた有馬ありま且典かつのりは、そこで、竹野たけの仙一郎せんいちろうにでくわした。いや、出くわしたというよりも、この男と同じ空間で寝起きしているのだから、顔を見合わせないほうがおかしいというものだ。
「はよす」
 竹野は目の下にクマをつくっていた。
 もともと、竹野は爽やかで涼しげな好青年である。人当たりの良さもあって、大学でも人気は高い。だが、彼のバイト先がブラックな面があるせいか、時折、明らかに寝不足を訴えているかのような顔面に仕上がっているときがある。
 有馬としては、せっかくの男ぶりが台無しのように思えてならない。
「なあ、有馬」
「ん? 何?」
 竹野の横に割り込んで、歯ブラシを手にとった。
「お前、今日はスカート履いて学校行け」
「はあ、なるほど、スカートね、はいはい……って、はあ!?」
 有馬は竹野に食い掛った。
「何を寝ぼけてんじゃ、おぬし!! んな、変態じみたことできるかよ!!」
「変態じゃない、有馬は可愛い」
「寝ぼけてんな!」
「あー、うるさい。耳がギンギンする」
「お前が変なこと、言い出すからだろうが!!」
「変じゃないもん。マジメに頑張ってんだもん」
 そうとう疲れているらしい。頭まで。
 有馬は鏡に映っている自分の姿を見た。
 どこからどう見ても日本人的男子である。すこし線が細いかもしれないが、こんな自分を女装させようとしてくる竹野の神経がしれない。
 だが、隣でぼけっとしているこの男のほうはどうだ。たしかに男前ではあるが、優男というか、さっぱりとしていて、少し手を加えれば、可憐な美少女にでも仕上がるんじゃないだろうか。
 そんなことを思いながら、口の中で泡立つ歯磨き粉の微妙なミントの味を噛み締めていると、竹野がまた爆弾を落として来た。
「俺、歯ブラシになりたい」
「はあ!?」
「なんかさあ、有馬の磨きかた、えろい」
「……」
 これには絶句である。
「お前、今日は学校休めよ」
「へえ?」
「いや、絶対、頭、おかしいから」
 きょとんとしている竹野を有馬は布団の中に押し戻した。

(了)

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