トイレの音にご用心

8.

✿

「おい、大丈夫か?」
　意識を取り戻した瞬間、一番に網膜に飛び込んできた門倉の姿に松宮はたまらなくなって、胸を抑えた。それを痛みだと勘違いしたのか不安げな門倉に松宮は笑顔を向ける。
　松宮は門倉の自室の簡易的なパイプベッドの上に横たわっていた。その横に心配そうにこちらを見つめる門倉が佇んでいる。意識がない間、起きてそそばにいてくれたのだろうか。彼から滲むのは疲労の二文字。散々運動させたのだから、横になりたいだろうに。逆に松宮のほうが心配になってくる。
「おはようございます、門倉さん」
　自分の口から出てきた声に驚きながらも、まあ昨夜は叫びに叫んだから仕方がないか、と納得した。がらがらだった。
「おはよう。だがもう昼なんだ」
　そう言いながら門倉は横になっている門倉にペットボトル入りの天然水を手渡した。
「飲めるか?」
「ええ」
　上体を起こすとたくさんいじったせいか性器にひりりとした感触が走る。
　ペットボトルを開けようとした松宮の手に門倉の手が添えられた。渡されたばかりなのに門倉がそれを奪い取って、蓋を回す。
「わりぃな、気が利かなくて」
　蓋が空いたペットボトルを手に握らせると、恥ずかしそうに視線を反らして門倉が言った。
　いいえ、好きです。そう反射的に口に出してしまいそうになって松宮はそれを押し込んで、代わりに水で喉を潤した。
「身体、平気か」
「はい」
「気分は」
「最高です」
　それを聞いて安堵したように門倉から体の力が抜けていく。「よかった」とつぶやく彼に松宮は、思わず笑ってしまった。
「笑うな。とりあえず寝て、早く家帰れ」
　少し怒ったように門倉が松宮を見た。口調の激しさと視線の優しさに揉まれるようにして彼に囚われていくのだと松宮は思った。
「門倉さんのほうこそ寝たほうがいいんじゃないですか、寝不足って顔に書いてあります」
　門倉の言葉に詰まっている様子に松宮は図星を感じた。門倉は言い訳のように早口になる。
「お前がいるのに隣でグースカなんていかないだろ、寝首かかれるとか、何されるかわかったもんじゃない」
「そんなぁ、ひどいっすよ」
「普段の行いだ」
「ちゃんといい子ぶりっ子してるのに」
「ぶりっ子はしなくていい。いい子になろう」
「そんなこと言って、門倉さん、俺のこと、可愛いって思っているでしょう?」
「え、なんだって?　ああ、もうその枯れた声で喋るなよ」
「本当は聞き取れてるはずなのに」
「うっさい、寝ろ」
「じゃあ門倉さんもここで」