だから女装はしたくない

2.

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　前にもあった。
　謎のワンピースを着せられたり、屈辱的なセーラー服を着せられて、変なポーズを取らされたり、しかもそれを資料用ということで写真に撮られていたり。カツラまで準備周到であったり。
　だから、もう、この道へはずいぶんと足を踏み入れてしまったのだ、と有馬は自分の心のなかで思った。そう言い聞かせた。
「できましたか？」
　竹野が浴室の扉に背を向けて、有馬を待っていた。
　一人入っただけで満タンなくらい狭い風呂場を更衣室替わりにして、有馬は水着と格闘していた。
　女性用のものである。それもかなり布面積が小さい。黒いつやつやした生地でできていて、それが細い紐につながっている。
　とりあえず、着ている服を脱ぐ。素肌の上に、生地をあてれば、どこか冷たく感じた。けれど次第に有馬の体温にそれは馴染んでくる。
「待って、今、上つけたとこ」
「はーい。下、履けたら、あけるからね」
　下、履けるものなのか？
　有馬は、極薄の極小のそれを凝視した。どう考えても、それを己の下半身に装着することにためらいがある。
「……絶対に無理だ」
　こんなものつけてやつの前に進み出るのだったら、このまま半裸のまま登場したほうがだいぶましだ。
　あきらかにブツがおさまらない。そんな恥ずかしい姿をさらすよりは――。
「まだ？」
　竹野の声に、有馬は返す。
「無理だ」
「……着せてやろうか？」
「ちが！　そういうことじゃないって！　こんなの入らないから！」
「だから、入らなくてもいいんだって。無理矢理、着て、ポーズ取ってくれさえすりゃいいんだって」
「だめだ……本当に無理。俺にはできない」
「出来る、出来る。やればできる子、有馬くん」
「竹野！」
　風呂場の扉を竹野が開けようとしてきた。有馬はあわてて扉にとびかかる。
「待って！　待って！　解った！　着る、着るから！」
「そう？」
　大人しく手を引いた竹野に有馬は、ほっと胸をなでおろして、水着に再び対峙した。
　覚悟を持て。
　ええい、ままよ。
　そっと、前に布をあてがってみる。つるりとナニがその窮屈な布部分から顔を出してしまう。
　絶句。そして、ため息。
「なあ、まだかよ」
「うるせえな！　いま、開ける」
　竹野は何も考えていない。有馬はむっとして、そのまま強引に左右の紐を結んだ。きゅっとその部分が窮屈になる。
　やばい、ことをしている。という自覚はある。
　あるが、既にこいつには、やばいことをしている己を、資料だか何だかと言われて写真に撮られている。もうこれ以上、何を捨てるものがるのか。そう言い聞かせて、有馬は竹野の待つ、浴室の扉を開けた。