だから女装はしたくない

阿沙🌷

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 竹野たけの仙一郎せんいちろう。性別、男。
 一見、爽やかな大学生の皮をかぶっているが、中身は変態的に「何か」を追い求めている求道者である。
 この男と同じボロアパートの部屋に寝起きを共にしている有馬ありま且典かつのりは、悩んでいた。と、いうのも、彼によってこじ開けられてしまった新しい世界のせいだ。
 再び云うが、竹野は求道者である。これに対して、有馬は、彼自身がのめり込んでいるものに対して情熱的なのはまだいい。許せるという姿勢だ。――いいのだが、それは、彼のその情熱が周囲に害をなさない場合においてのみの話である。
「さーて、今日はコレね」
 竹野が帰宅してきたばかりの有馬の目の前に、それを広げてみせた。否、広げるほどの布面積はない。すごく小さい。
「げぇっ」
 有馬の喉奥から変な声が漏れ出た。眉根をひそめる。本気かよ、と竹野を睨む。
「さ、早く手を洗っておいでや」
 爽やかに微笑みながら、竹野が有馬を洗面所へと押しやる。
 竹野に言われなくても、有馬は帰宅後の手洗いはかかさない。素直にしゃぼんをあわだて、タオルで水気を吹いてから、狭いリビングに足を踏み入れた。
「まじか、お前」
 有馬の唇から発せられたことばの中には、「軽蔑」の二文字が滲んでいる。
「まじ」
 竹野は、短く答えた。
「パスってのはないよな」
「ありません」
「どう考えたって、おかしいだろ」
「おかしくない。俺は本気で、まじで、困っている。この危急を助けてくれるのは、有馬しかない」
 有馬は、口先まで登って来た言いたいことを飲み込んだ。
 約束ケイヤク、がある。
 と、いうものは、最初に有馬が諸事情から、竹野の部屋に転がり込んできたときに交わされたものだ。
 大学から通えない距離ではない場所にある自宅から通学するつもりでいた有馬だったが、実家の空気がとある事件を機にギスギスしたものになってしまった。そのせいで、どうしても、外に逃げたい有馬が頼ったのが、同じ大学に通っている竹野である。
 しかし、この竹野、さわやかななのは顔だけであって、中身は、ただの狂気に他ならない。
 彼の裏の顔――と有馬はそう呼んでいるが――は、少女まんが家志望の新人作家で、ときおりアシスタントとして仕事をしている。
 そして、彼のまんがへの愛はゆがんでいる。
 求めているのは、リアリティ、だとかいう嘘。
 野宿するわけにもいかない有馬としてはなんとか竹野の部屋に転がりたい。
 謎のリアリティを追い求めている竹野としては、等身大の生きたポーズ人形がほしい。
 二人の望み、もとい欲望が交錯した地点にある約束が交わされたのだ。
――有馬が竹野のリアル着せ替えポーズ人形になるかわりに、竹野は有馬を部屋に住まわせる――
 この約束があるがゆえに、有馬は、なんとか実家から距離を置いて、自信の心の平安を得たものの、この竹野の狂気もあなどってはならないものだった。
「さ、有馬、着替えて」
 微笑んでいる。学内でも、竹野の甘いルックスは目立つものだが、女子が見たらキャーキャー赤面してしまいそうな、王子の微笑みの竹野であるが、有馬に向かって吐いたことばには、「拒否権はないだのぞ」という脅しが含まれている。お前は、ここから追い出されたいのか、と問うているのだ。
「ま、待てよ。おい、だけど、コレってさ」
 有馬は竹野の手の中のそれを凝視した。どう見ても、それは、自分の身体を包み隠してくれそうにない。
「それって……入るのか?」
 どうしても、気になって、有馬は竹野に問う。どうせ、着るはめになるのだ。その前に言っておきたいことは言っておかなくてはならないだろう。
「入るって? ん?」
「だ、だから、その……下の、それが」
「え? ああ?」
「わ、わかんねえのかよ。これって水着だろ、そのマイクロ……うんたら的な!」
「ああ、うん。着て」
「だから! 俺、付いてるの! こんなの着たらはみ出すし! つーか、こういうのこそ、昼間、お前をとり囲んでいる女子とかに頼めよ!」
「……有馬」
「なんだよ」
「俺はお前に着ろっていってんだけど」
 じっと竹野が視線で威圧してくる。
「ち×こはみだしてもいいから、むしろ、はみ出したところが見たい」
「へ、へんたいだ!!」
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