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✿ワンライ関係

・「秋桜」「散歩」

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 執筆が進まない。そんな秋の夕暮れである。平日昼間はサラリーマン、帰宅後と休日には兼業脚本家をしている千尋ちひろ崇彦たかひこは、真っ黒いPC画面とにらめっこしていた。長時間、画面と向き合うことの多い生活をしている。少しでも目の負担を軽くするために、彼のテキストエディタの背景はブラックに設定してあるのだ。そう、真っ黒。つまり、全然進んでいないのだ。
 千尋は大きくため息をついて、メガネを外した。そのまま天井を見つめる。
 浮かんでこない。
 ついさっきまで、掴みかけていたものを、掴みそこねた。そんな気分だ。
 気を取り直して、ブルーライト用の軽く色がついたレンズの眼鏡を鼻の上にかけたところだった。
「千尋さ~ん! ただいま~!」
 元気で明るくよくとおる声が、した。
「千尋さ~ん……って、あ、ご、ごめんなさい! お仕事中でしたか」
 仕事部屋に顔を出した新崎に千尋は笑いかけた。自分が悪いと思って仔犬はすぐに肩を落とす。
「おかえり。今日も元気そうでよかったね」
「すみません。大声出してしまって」
 しまった。嫌味に聞こえただろうか。千尋は困ったように、自身の頬を人差し指でかいた。
「いや、新崎くんが帰ってきてくれて嬉しいよ」
 にこやかにこたえたはずなのだが、新崎はじっと千尋を見つめた。
「な、なにかな……?」
 何かやらかしてしまっただろうか。千尋は戸惑いながら、年下の男の反応を待った。
 十六も年が違う。育ってきた環境も、世代も違えば、完成も全然ちがう存在だ。
 だからこそ、どこでちょっとした摩擦が起こるかわからない。
 正直、千尋はこの可愛らしい年下の男と同棲まがいのことをはじめてから、内心ではいつ飽きられるのか、いつ関係が解消されるのか、本当はひやひやしている。
「千尋、さん…………」
 だからなんなんだよ!
 叫びだしたくなるのを、千尋は必死に抑えた。
「あの、俺、帰り道、めちゃくちゃ楽しかったので、一緒に散歩しませんか?」
「へ?」
 新崎の口から放たれたのは、千尋の想像の斜め上をゆく解答だった。



 さわっと風が耳元でなった。
 夏のむっとした熱風から、小さく変化していきている。秋の香りとでもいおうか。久しぶりに風が涼しかった。
「見て、ほら!」
 自宅から近いとはいえ、徒歩五分。川辺にまで連れて来られた千尋だったが、新崎の指さすほうを見て、「あっ」と息を飲んだ。
「すごい……」
 河川敷いっぱいに広がった、桃色の絨毯。大きく花びらを開いた秋桜こすもすが風になびいて波のように揺れていた。
「千尋さん、遠くから眺めてないで。ほら、おいで」
 新崎が手を差し出して来る。
 外で手を繋ぐのは、少し、怖い。誰かに見られたらと思うと、人に見られる仕事をしている新崎にも傷がつくし、自分だってそれは恐ろしい。
 けれど、新崎はためらう千尋の腕をとってどんどん桃色の世界へとつき進む。
「ちょっ、新崎くん!」
 夕日が新崎の横顔を照らす。端正な美しい男の横顔だった。
「ほら、見て! 花の真ん中に来ちゃったね!」
 それとは対照的に、無邪気に笑う仕草は子供っぽい。
「奇麗だね」
 どきどきと弾む心臓をなんとか落ち着けようと千尋は自身の胸に手をあてた。それを見ていた新崎の腕が伸びてくる。
「え……」
 右胸の上の手の上に二崎の手のひらが重なって来た。
「千尋さん、大丈夫?」
「あ……いや」
「目をそらさないで。平気だったら、元気だったら、ちゃんと俺の目をみてよ」
「……う」
 困った。
 千尋が苦笑すると、新崎の瞳が鋭く光った。
「体調悪い?」
「いや、そんなわけはないが……」
「だよね? じゃあ、仕事、進んでない? ……あ、図星だ」
「なっ!? なんでわかって」
「だって、ここ、千尋さんのハートの上だから。なんとなく、わかるよ」
「に……新崎くん」
 どっと体が熱くなる。頬なんて今にも火が出てきてしまいそうだ。まさか自分がこの年になってこんな思いをすることになるとは思ってもなかった。千尋は、みじろいだ。
「と、いうわけで、ちょっと、息抜きでもしよっかなってことで! あ、すぐに戻らなくちゃ締め切りまずいとかだったら、もう帰りますが……」
 さっと、新崎の手が離れていく。あえて明るい声でそう彼は言いながら、くるりと、世界を見渡した。
 秋に咲く一面の――。
「か、えりたくは……ない」
「え?」
 声が小さくて聞こえなかったようだ。新崎が聞き返してくる。
「だから、その……締め切りは、まだ大丈夫。だから、このままで……」
 新崎が、じっと千尋を見て、笑った。
「はい! でも、日が暮れたら帰りましょうね!」(了)

 20220917第27回#創作BL版深夜の60分一本勝負より

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