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✿即興小説
そばにいなくても
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ずっと追いかけてきた背中がある。最初は、彼のつくりだす物語が好きで、そこから始まった。いつしか、自分も彼の物語のなかに生きてみたいと思った。だから――道を選んだ。
「二十六番、新崎迅人です!」
新作ドラマの配役オーディションはスタジオの中で始まった。その場にいるのは、プロデューサーや監督だけではない。原作となる小説作品を書いた著者本人からの希望で開かれたこのオーディションには、まさにその著者本人も参加している。
その初日である。役に対しての質問が飛んできて、それに答えたあと、実際に台詞を読むことになっている。
圧が、すごい。ぐにゃりと空間が曲がってしまいそうだ。この場にいる全員が、ぴりぴりしている。一瞬の間違いが、合否に直結する。ここで、選ばれなければ、第二選考に進めない。多くの者がふるい落とされる――。
けれど、一歩、一歩前に進んでいくために、なんとしても、この役をゲットしたい。
――いけない。力んでいる。
事前に渡されていたオーディション用の脚本を握る手が汗ばむ。小さいことは考えるな。いま、自分がやらなくてはならないことを――。そう思うのに。
「それでは、台詞読み合わせに入ります」
「はい」
緊張で、声が震える。
ここで落としてはならないと思うのに。
千尋さん。
心のなかで、彼の名を呼んだ。
憧れの人。彼の隣に胸を張って立てる人間になりたくて、ずっと必死に追いかけている人の名前だ。
千尋さん。
ふわっと心の声が反響して戻って来た。けれど、それは新崎の声ではなくて、千尋本人の、ゆったりとした口調の声で。
新崎くん。
大丈夫。
できるよ、きみなら。
ずっと、見てるから――。
「はい、よろしくお願いします!」
入った。スイッチが。
ピンと背筋を伸ばして新崎は立ち上がった。すぅと空気を吸い込む。大丈夫。本当に大丈夫な気がした。
この場に彼はいないけれど、いつだって、心の真ん中に彼が座っている。彼が、自分を見てくれているから――。
新崎は、唇を開いた。(了)
「二十六番、新崎迅人です!」
新作ドラマの配役オーディションはスタジオの中で始まった。その場にいるのは、プロデューサーや監督だけではない。原作となる小説作品を書いた著者本人からの希望で開かれたこのオーディションには、まさにその著者本人も参加している。
その初日である。役に対しての質問が飛んできて、それに答えたあと、実際に台詞を読むことになっている。
圧が、すごい。ぐにゃりと空間が曲がってしまいそうだ。この場にいる全員が、ぴりぴりしている。一瞬の間違いが、合否に直結する。ここで、選ばれなければ、第二選考に進めない。多くの者がふるい落とされる――。
けれど、一歩、一歩前に進んでいくために、なんとしても、この役をゲットしたい。
――いけない。力んでいる。
事前に渡されていたオーディション用の脚本を握る手が汗ばむ。小さいことは考えるな。いま、自分がやらなくてはならないことを――。そう思うのに。
「それでは、台詞読み合わせに入ります」
「はい」
緊張で、声が震える。
ここで落としてはならないと思うのに。
千尋さん。
心のなかで、彼の名を呼んだ。
憧れの人。彼の隣に胸を張って立てる人間になりたくて、ずっと必死に追いかけている人の名前だ。
千尋さん。
ふわっと心の声が反響して戻って来た。けれど、それは新崎の声ではなくて、千尋本人の、ゆったりとした口調の声で。
新崎くん。
大丈夫。
できるよ、きみなら。
ずっと、見てるから――。
「はい、よろしくお願いします!」
入った。スイッチが。
ピンと背筋を伸ばして新崎は立ち上がった。すぅと空気を吸い込む。大丈夫。本当に大丈夫な気がした。
この場に彼はいないけれど、いつだって、心の真ん中に彼が座っている。彼が、自分を見てくれているから――。
新崎は、唇を開いた。(了)
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