お月見には間に合わない

阿沙🌷

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 ロケ一日目から災難続きだった。
 新崎迅人は、ひとりごとをいいながら、ホテルの一室を歩きまわっていた。ロケについてきてくれたマネージャーの伊東を通して、今日の撮影が延期になったことを今朝知ったのだ。原因は雨だ。
 撮影上どうしても雨天のシーンを撮らなくてはならない。けれど、用意されていたスプリンクラーの調子が悪く、急遽、撮影がストップしてしまった。
 地方にまでやってきたうえで、することもなく、新崎はとりあえず、室内を歩きまわることにしたのである。
 そして、その手のひらのなかには、スマートフォン。
 本当は、東京の自宅で待っている千尋に電話したい気分なのだ。しかし、千尋は平日は出版社の仕事があるし、帰ってきてからは、脚本のお仕事がひかえている。新崎がかければ、それが邪魔になってしまうかもしれない。
「新崎さ~ん」
 コンコンと、ノックの音に、新崎は扉の前へと走った。
「ごめんなさい、何かしてましたか?」
「あ、いえ」
 新田まりな。
  現在撮っているドラマで新崎と共演することになった若手俳優である。くりんとした大きな瞳に長い睫毛。きめこまやかな肌に抜群のプロポーション。モデルあがりの彼女は、ただその場に立っているだけで華がある。
「もし、ヒマだったら、直るまで一緒に観光しませんか?」
「えっ、あ、ちょっと……」
 新崎と新田には前科がある。都内のスタジオ内での撮影のとき、昼休憩の間、外出して一緒にランチをとっているところを一般人に気付かれて写真を撮られてしまって、SNSに拡散されてしまったことがあるのだ。
 言いよどむ新崎に、新田は、明るくわらいかける。
「大丈夫ですって! 変装していくので誰だかわかりませんよぉ」
「そ、そうかな?」
「それに、いろいろな経験をしておいたほうが、のちのち絶対役にたちます。演技の幅を広げるためにも、知識吸収、経験大事です!」
「そ、そっか……!」
 新崎はこの手のことばに弱い。
 それは、彼自身が必死で上を目指したいからである。それも、大好きなあの人と並んだときに、遜色しない自分でいたいがためなのだが――。
「ね、行きましょう!」
「そ、それじゃあ……」
 新崎は深くかぶれるキャップと、サングラスにマスクを装着した。
「あはは。すごい、変質者みたい!」
「えっ! そうですか!?」
「これなら誰だかわかりませんね」
「そっか、そうですよね!」
 明るく新崎も笑ったが、この恰好だけは千尋崇彦に見られたくないな、と強く思った。




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