初夢はサンタクロース

阿沙🌷

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✿後日譚

✿そして未来へ

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――「別れたいなら、別れましょう」
「え……?」
「千尋さんが、俺じゃいやだっていうのなら、別れてもしかたないことをしてきた自信があります」――



 小さく千尋崇彦はひとり、リビングに佇みながら、ため息をついた。お正月早々の波乱――別名、新崎サンタ騒動――が終わり、ほっとしたい気分だというのに、彼の抱えている案件が彼をほおってはくれないからだ。
 着信音に、すばやく反応した千尋は、スマホを耳に当てた。
「はよざーす」
 軽快な守谷勝世の声がする。
「ああ、おはよう。その前に新年あけましておめでとうございます。今年も」
 言い終わらないうちに守谷が割り込んだ。
「で、どう? ブラッシュアップは?」
 年末ぎりぎりに、守谷に送った脚本の初稿のことである。
「ああ、うん、まだ……」
「なんかさ、序盤の主人公と海兵の、ふたりして無人島で目が醒めるシーン、その掛け合い、もうちょっと熱くできない?」
「熱く? にえたぎるような」
「もっと憎々し気に」
「ああ、そうだね」
 それだけで会話が成立するのは、彼と積んできた「長い付き合い」のおかげだ。彼がいわんとしていることが具体的なことばでなくとも、感じ取ることができる。
「はい、じゃ、また夕方、電話するわ」
「はいはい、それよりそっちは年初の公演、どうなのさ」
「おっと、すっごいことになった、とだけお伝えしよう」
「へ?」
「まあ、お前の書いてくれた筋だもんなあ。熱い、熱い」
「いや、多分それ、お前の過剰すぎる演出のせいだとおもうんだが」
「まあ! そんなわけで正月ぼけなんてしてないで、どんどん突っ走ろうな」
「ああ、まったく、同い年だというのに、お前だけは全然年をとらないな」
「なに言ってんだ、お前、俺よりもっと若いやつとつるんでいるんだから、俺よりもっと気分も若くなるだろうに」
「いいじゃないか、彼、こんな老いぼれを好きでいて愛してくれるんだから」
「その年で老いぼれっていうなよ。俺もじゃんか。つか、まだまだ上はいるんだぞ。こんなところでへこたれてるなよ」
「ああ、そうだね」
「……って、ちょ、ちょっと待て待て」
「ん? どうした?」
「お前、今さっき、自分で、彼に好かれているとか言ってたような。え? 愛してくれてる、とか、え? ええ? えええ?」
 突然、彼の声の調子がかわった。千尋は首をかしげる。おかしなことを言っただろうか。
「守谷? どうした?」
「いや、え? うーん。そうかそうか。新年早々なにかやつと関係が……」
「あ、別れるって言われた」
「そうかそうだよな。もう千尋も年は年だし……はぁ!?」
「まあ、別にぼくはどっちでもいいって感じで、実際、別れたわけでもない、のかなぁって感じのところで落ち着いた」
「は? へ? え? うそ」
「なんか最近、ギクシャクしていたし、少し距離をおいたほうがいいかな、とも思っていたんだよね」
「え、まじで……。おじさん、まだ新崎には千尋が必要だと思うんだけど」
「だから、別れてないって」
「い、いや、うん、そうなのね。はい。え、えーっと、でも、別れようって言われたんだろ? おい、無理するなって、千尋、俺にだったら弱音吐いてもいいんだぜ」
 弱音? 何のことだ? 千尋はまた首をかしげた。
 別に彼に別れようと言われても、そこまでショックなことでもなかったような気がする。流石に初めて彼のことばをきいて、ちょっと驚いたは驚いたが。
「いや、別に。本当になんとも思わない、というか。守谷? お前こそ、何か動揺してないか? 大丈夫か?」
「お、おう……おうよ……、ち、千尋が、幸せなら俺も元気だ」
「そうか、それならよかった。お前は元気だな」
「ちょ、ちょっと、うん、まあ、その……ええーと、はい」
「そうかそうか。それじゃ、またあとでな」
 千尋は通信を切った。そして、リビングのソファに沈み込む。
 今朝までいた新崎の姿はもうこの部屋にはない。彼は朝いちばんで、千尋の部屋を出て行った。
 彼には向かう場所がある。
 一緒にいたいという気持ちもあったが、前のめりな彼の背中を眺めることが出来た。それだけで、なかなか清々しい。
「よし、いい一年にするぞ」
 千尋はうんとのびをして書斎に向かった。
 関係の名前なんて、もう、どうでもいいのだ。いいや。付き合っている、そんな小さな枠ではもう、維持することすらできない。
 だったら、別れてしまっても、もう問題ないじゃないか。
「ふふ、呪いか。面白いことを言ってくれる」
 新崎の言い残したことばを思い出して、千尋は微笑んだ。そして、彼にこう伝えなくてはならないこと、言いたいことのひとつを言い渡すれていたことに気がついた。


――新崎くん、それ、呪いじゃなくて、祝福、かもしれないよ?――


 書斎に入った千尋は自分の両頬をたたいた。はい、スイッチ入れた。これからだ、自分も、彼も。
 たとえ傍にいなくても、互いが互いを支え合えなくても、前に向かって進む限り、お互いの隣にいることができる。
 別れ話、上等。いいじゃないか、なってやろう。恋人以上の関係に。

(了)

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みんなの感想(2件)

えみーな
2024.06.08 えみーな

阿沙さん、こんにちは!
まだ読んでいないお話しもあるのでまたゆっくりニヤニヤしながら読みたいと思います、ありがとうございました。
前回は誤字だらけの感想でごめんなさい…

ちょこちょことまた遊びに来ますね!

阿沙🌷
2024.06.09 阿沙🌷

はい、ぜひお気が向いた時に読みに来てくださいね(*^_^*)笑

解除
えみーな
2024.06.05 えみーな

こんにちは、初めまして!
新崎産✕千尋さんのこのシリーズが大好きです、面白くて一気に読んでしまいました^_^
2人がお互いに思い合う気持ちがけっこうダダ漏れて(新崎さんは漏れっぱなしですが)楽しく読んでいました。
まだ2人のお話で連載中ものがあるのでわくわくして読みたいと思います! 
あと1つお聞きしたいのですが、時系列としてはどのお話しが2人の最初のスタートになるのでしょうか。

楽しくてニコニコしていまうお話しをありがとうございます!

阿沙🌷
2024.06.06 阿沙🌷

 こんにちは! コメントありがとうございます、嬉しいです!

 時系列的には一応……多分……アルファポリスさんで読めるのはdeletenumberだったような気がします。
 まだ小説を書いてみようと思ってから日が浅くて、ものすごぉぉぉぉく、拙いです。
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/54693141/838367041

 でも、ちょうど千尋と新崎のいちばん最初の出会いの話を書こうとしていたので、たぶん、夏ごろに、ちゃんとしたファーストコンタクトものを公開したいと思っています(*^▽^*)
 いままで書いては投げ捨ていていてちゃんと管理ができていなくて、散らばっちゃっていたのも、少しくらいはまとめたいと思っているので、八月ごろ、また、こっそりのぞきにきてください!

 でも書くの遅いし八月を通り越すかもしれないですが……うう……。

解除

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