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ふと、音がした。
何故かその音の響きに、なつかしさを覚えて、一体それがなんの音なのか、新崎はぼんやりと考えようとした。
体が、重い。
空気の重さが何十倍にもなって、自分の上にのしかかってくるかのような変な気分だ。指先を動かすことすら、おっくうになってくる。
また聞こえた。
ああ、これは、声だ。音は音でも、人間の喉が発する、声。何故だろうか、耳にすごく、心地がいい。
この声の主は何をそんなに伝えようとしているのだろうか。彼はなんと言おうとしているのだろうか。
聞き取ってみようと思い、新崎は、真剣に音に向き合った。
もう一度、声がした。
だが、ぼんやりと音の輪郭がぼやけて、意味は読み取れない。
もう一度、その声は叫んだ。
ああ、なんとなく見えて来た。ごにょごにょとした音が次第にクリアになってくる。
声はやまない。
何度も、何度も、まるで何かに対して呼びかけるように、続いていく。
この声は――。
そのとき、新崎は火花に打たれた。彼の全身の細胞が記憶していたある思いが、彼の胸にぶり返してきて、彼は、目を醒ました。
「新崎くん!」
彼は――千尋崇彦は、自分を、誰でもない、新崎迅人本人に向かって、彼の名前を呼び続けていたのだった。
「あ、新崎くん! おきた?」
うっすらと瞼をあけた新崎の顔を千尋がのぞきこむ。
変なにおいがする場所だ。どこだろう。嗅いだことのない空気。そして、視界のなかに千尋顔。
「千尋、さん……」
「あ、ああ、こら、起き上がらなくていい。そのままで」
千尋の腕が伸びてくる。やさしく肩に触れられて、新崎はそのまま、枕に沈んだ。
「千尋さん、なんか、今日もすごく可愛いですね」
「なっ、ちょ、そういうことは、いま、言わなくていいから」
むう、そうなのか。それでは、一体、いつになったら、そういうことを言ってもいいのだろう。新崎は、千尋を見つめた。
千尋は、少し待っていて、と声をかけると、すっと視界の外へいなくなってしまう。心臓が音を立て始める。彼がいないと不安だ。
「新崎さん!」
女性の声がして、千尋が消えていった先から、マネージャーの伊東真美が千尋に呼ばれて現れた。
「すみませんでした!」
伊東は、勢いよく横になっている新崎の前に出ると、その目の前で深く頭をさげた。
「私がもっと、ちゃんとしっかりしていれば、こんな目には……!」
激しい声。
その傍らで、千尋が彼女の細い肩に手を置いた。
「……な、え? お、俺……」
新崎は、唇を震わせた。乾いた声しか出て来なかった。状況が把握できない。
「ここは病院だ」
千尋がやけに落ち着いた声で諭すように新崎に説明した。
「きみは倒れたんだ。それも撮影中に」
ふと、音がした。
何故かその音の響きに、なつかしさを覚えて、一体それがなんの音なのか、新崎はぼんやりと考えようとした。
体が、重い。
空気の重さが何十倍にもなって、自分の上にのしかかってくるかのような変な気分だ。指先を動かすことすら、おっくうになってくる。
また聞こえた。
ああ、これは、声だ。音は音でも、人間の喉が発する、声。何故だろうか、耳にすごく、心地がいい。
この声の主は何をそんなに伝えようとしているのだろうか。彼はなんと言おうとしているのだろうか。
聞き取ってみようと思い、新崎は、真剣に音に向き合った。
もう一度、声がした。
だが、ぼんやりと音の輪郭がぼやけて、意味は読み取れない。
もう一度、その声は叫んだ。
ああ、なんとなく見えて来た。ごにょごにょとした音が次第にクリアになってくる。
声はやまない。
何度も、何度も、まるで何かに対して呼びかけるように、続いていく。
この声は――。
そのとき、新崎は火花に打たれた。彼の全身の細胞が記憶していたある思いが、彼の胸にぶり返してきて、彼は、目を醒ました。
「新崎くん!」
彼は――千尋崇彦は、自分を、誰でもない、新崎迅人本人に向かって、彼の名前を呼び続けていたのだった。
「あ、新崎くん! おきた?」
うっすらと瞼をあけた新崎の顔を千尋がのぞきこむ。
変なにおいがする場所だ。どこだろう。嗅いだことのない空気。そして、視界のなかに千尋顔。
「千尋、さん……」
「あ、ああ、こら、起き上がらなくていい。そのままで」
千尋の腕が伸びてくる。やさしく肩に触れられて、新崎はそのまま、枕に沈んだ。
「千尋さん、なんか、今日もすごく可愛いですね」
「なっ、ちょ、そういうことは、いま、言わなくていいから」
むう、そうなのか。それでは、一体、いつになったら、そういうことを言ってもいいのだろう。新崎は、千尋を見つめた。
千尋は、少し待っていて、と声をかけると、すっと視界の外へいなくなってしまう。心臓が音を立て始める。彼がいないと不安だ。
「新崎さん!」
女性の声がして、千尋が消えていった先から、マネージャーの伊東真美が千尋に呼ばれて現れた。
「すみませんでした!」
伊東は、勢いよく横になっている新崎の前に出ると、その目の前で深く頭をさげた。
「私がもっと、ちゃんとしっかりしていれば、こんな目には……!」
激しい声。
その傍らで、千尋が彼女の細い肩に手を置いた。
「……な、え? お、俺……」
新崎は、唇を震わせた。乾いた声しか出て来なかった。状況が把握できない。
「ここは病院だ」
千尋がやけに落ち着いた声で諭すように新崎に説明した。
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