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風よ遠くにやってしまえ
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「帰ってきたぁ!!」
思わずそう叫んでしまったのは、駅舎を出て見えた光景が高校時代に見ていた記憶の中の風景となにひとつ変わっていなかったせいだ。
俺は高校卒業後、東京の専門学校に入学した。その後、はウェブデザイナーとして東京で就職、ばりばりに仕事をこなす毎日に夢中になっていたため、今日まで実家に戻ろうなんて気にはならなかった。
それが健全な理由ならよかったかもしれないが、俺の場合はどちらかというと現実逃避の色合いのほうが強い。
高校時代にどうしても気になってしまう男がいて、卒業式の日、彼に「好きだ」と告白してしまった。
そりゃないだろうって顔だった。最初は冗談だと思われたらしく、「俺もだ」なんて言ったくせに、俺の顔を見てぎょっと肩をすくめてから彼は無言になった。
思い出したくなんてない。
そんな淡い初恋の話。
東京ではそれなりに男が好きな男もいて、居心地がよかったが、こんな田舎ではまだそういうのは――。
「あれ、かっちゃん?」
「へ?」
そう呼ばれることがなくなって久しかった懐かしい呼び名に、俺は振り向いた。
「やっぱり、かっちゃんだ。おひさ」
「え……」
俺は、あとから駅舎から降りてくるその男に一瞬、見惚れてしまった。
鞄と麦わら帽子を手に持った彼の白いシャツに日光が反射する。
清潔感があって、どこか凛としているが近寄りがたい印象はどこにもなく、朗らかであたたかな印象を抱かせる男。線が細くてどこか青年らしい雰囲気をまとっている。
「ねえ、もしかして、覚えてない?」
「え、あ……」
誰だ。
こんなにきれいな男がいたっけ……?
「もー、芹沢だよ! 忘れるな、ぼけ!」
「え、あっ! ええ!?」
芹沢!?
って、嘘だろ!!
「何をそんなオーバーに驚いてやがる。俺はすぐに分かったぞ。いくら高校卒業後、お前が音信不通になったとしてもだな、かっちゃん」
「反則っていうか……どうしてこうお前は……」
軽くめまいを覚えて、俺はふらついた。それを彼が支えてくれる。
「おっと、どうした、立ち眩みか?」
「す、すまない、ありがとう」
だめだ、頬が熱くなるのを感じる。
「まー、陽ざしは鬼のように強いもんな。地元を離れるまで、知りもしなかった。こんなにまぶしい土地に住んでいたなんて」
「芹沢、お前ここに住んでいないのか」
「ご名答。俺はF市在住」
「近いな」
「お前の東京暮らしよりは実家に近かろう!」
そう言いながら、彼は、手にしていた麦わらをかぶって先をゆく。その背中を追うように俺も、駅前の道へと出た。
「なんもねぇ」
「だろだろ?」
「なんでそんな嬉しそうに言うんだよ」
「田んぼと畑があるってことはたいへん自慢だ。この国の食料自給率の低さは危機的だしなぁ」
「そうだなぁ」
びゅっと風が一陣、吹き荒れた。
「おっと」
芹沢の麦わらを吹き飛ばして、遠くへ、遠くへ。
「おい!! 飛ばされているぞ!!」
「いーの、いーの」
飛んでいく麦わらを眺めながら、芹沢の横顔は、どこか高校時代の面影を取り戻していた。
「……好きだって言ったのにな」
「へ?」
俺は芹沢のことばが聞き取れなくて、聞き返した。
「いーや、なんでもない! なんかお前にちょいとむかつくから、俺の帽子取ってこいや!!」
そう言って芹沢は笑った。
すこしわがままなあのころみたいに、笑った。
(了)
思わずそう叫んでしまったのは、駅舎を出て見えた光景が高校時代に見ていた記憶の中の風景となにひとつ変わっていなかったせいだ。
俺は高校卒業後、東京の専門学校に入学した。その後、はウェブデザイナーとして東京で就職、ばりばりに仕事をこなす毎日に夢中になっていたため、今日まで実家に戻ろうなんて気にはならなかった。
それが健全な理由ならよかったかもしれないが、俺の場合はどちらかというと現実逃避の色合いのほうが強い。
高校時代にどうしても気になってしまう男がいて、卒業式の日、彼に「好きだ」と告白してしまった。
そりゃないだろうって顔だった。最初は冗談だと思われたらしく、「俺もだ」なんて言ったくせに、俺の顔を見てぎょっと肩をすくめてから彼は無言になった。
思い出したくなんてない。
そんな淡い初恋の話。
東京ではそれなりに男が好きな男もいて、居心地がよかったが、こんな田舎ではまだそういうのは――。
「あれ、かっちゃん?」
「へ?」
そう呼ばれることがなくなって久しかった懐かしい呼び名に、俺は振り向いた。
「やっぱり、かっちゃんだ。おひさ」
「え……」
俺は、あとから駅舎から降りてくるその男に一瞬、見惚れてしまった。
鞄と麦わら帽子を手に持った彼の白いシャツに日光が反射する。
清潔感があって、どこか凛としているが近寄りがたい印象はどこにもなく、朗らかであたたかな印象を抱かせる男。線が細くてどこか青年らしい雰囲気をまとっている。
「ねえ、もしかして、覚えてない?」
「え、あ……」
誰だ。
こんなにきれいな男がいたっけ……?
「もー、芹沢だよ! 忘れるな、ぼけ!」
「え、あっ! ええ!?」
芹沢!?
って、嘘だろ!!
「何をそんなオーバーに驚いてやがる。俺はすぐに分かったぞ。いくら高校卒業後、お前が音信不通になったとしてもだな、かっちゃん」
「反則っていうか……どうしてこうお前は……」
軽くめまいを覚えて、俺はふらついた。それを彼が支えてくれる。
「おっと、どうした、立ち眩みか?」
「す、すまない、ありがとう」
だめだ、頬が熱くなるのを感じる。
「まー、陽ざしは鬼のように強いもんな。地元を離れるまで、知りもしなかった。こんなにまぶしい土地に住んでいたなんて」
「芹沢、お前ここに住んでいないのか」
「ご名答。俺はF市在住」
「近いな」
「お前の東京暮らしよりは実家に近かろう!」
そう言いながら、彼は、手にしていた麦わらをかぶって先をゆく。その背中を追うように俺も、駅前の道へと出た。
「なんもねぇ」
「だろだろ?」
「なんでそんな嬉しそうに言うんだよ」
「田んぼと畑があるってことはたいへん自慢だ。この国の食料自給率の低さは危機的だしなぁ」
「そうだなぁ」
びゅっと風が一陣、吹き荒れた。
「おっと」
芹沢の麦わらを吹き飛ばして、遠くへ、遠くへ。
「おい!! 飛ばされているぞ!!」
「いーの、いーの」
飛んでいく麦わらを眺めながら、芹沢の横顔は、どこか高校時代の面影を取り戻していた。
「……好きだって言ったのにな」
「へ?」
俺は芹沢のことばが聞き取れなくて、聞き返した。
「いーや、なんでもない! なんかお前にちょいとむかつくから、俺の帽子取ってこいや!!」
そう言って芹沢は笑った。
すこしわがままなあのころみたいに、笑った。
(了)
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