アイドルくんの脇の汗

阿沙🌷

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アイドルくんの脇の汗

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 どうしよう。
 言うべきか、言わないほうがいいのか、俺は困っている。
 真夏。この季節だから、どうしても、仕方がないことかもしれない。そうだ、しかたがないんだ、こいつも人間なんだから。だからろいって、それをなかったことになんて、できやしない。もう俺はそれを見てしまったのだから。
「なに、ぼさっとしているんだ。もう一回。例のところ、やるぞ」
 彼の脇の下ばかりに見入ってしまっていた、俺は彼に声をかけられて、はっと我に返った。
 連取室。
 一面鏡張りにされたこの空間で、俺たちはふたりで、新曲のダンスの練習をしていた。
 デビューしたからまだ間もない、血清したてほかほかアイドルユニット。そのレモンイエロー担当が俺。セクシー(?)グリーンが彼。
 なぜ、俺がグリーンにつきそわれて、振り付けの確認やらステップやらを勉強しているのかというと、端的にいって、俺がめちゃくちゃダンスが苦手だからです。
 対して彼は、グループで一番、ダンスがうまい。男らしい肉付きのいい身体をしていて、ハードな縁付けでも、ぱっとひとめ見ただけで覚えてしまうという化け物だ。
 いや、この業界、そんな化け物ならうじゃうじゃいる。このままじゃ、生き残れないぞ、と時折、緑の目が俺のことを見ている。
 それに俺だって、負けてばかりじゃいられない。だから――。
 だから、絶対に完璧にこなせるようになってやる! と心を強く持ってーーってなる前に、まずいのが、今の美鳥の状態なのだ。
「なんだよ。俺、何か、変化?」
「えっ、あ?」
「じーって俺のほう見てくるからさ。照れるじゃん」
「っ!!」
 彼がさっと俺から視線を離した。
「いやいやいや。待って、待って! 俺、そーいう目で見てないからね!?」
「ふはっ、何そんなに焦ってんだよ。まさかマジ+」
 彼は、不敵な笑みを浮かべたかと思うと、俺のほうに近づいて来る。俺は慌てて後ろに下がる。そのたびに彼も俺に迫ってくる。
「なあ、この業界、ああいう人が多いよな」
「あ、ああいうひと? へー、俺よくわかあらん」
 どうしたらいいのかわらからなくて、俺の視線は泳ぎまくりだ。どんと、背中に壁がぶちあたる。
「お前ももしかして、そっち?」
 身長の差である。
 彼の端正な顔が俺を見下ろしていた。
「いやいやいや! 知るか!」
 まずい、まずいぞ!
 こいつの持つオーラにやられて、俺なんか空気の抜けたタイヤにでもなりそうだ。
 つかこいつ、何、同じグループのメンバーに色気だしてんだよ!
 ふっと視界に、彼の脇が目に入った。そう。これが元凶だ。
「おう?」
 しまった。
 彼が感づいたようだ。俺が、こいつのどこを見ていたのか。
「……」
 何かを言いたげに彼が俺のことを見てくる。もうこの空気に耐えられん!
 俺は叫んだ。
「今江、脇の下、濡れてる!」
 しんとしずまりかえったその場。もう嫌だ。逃げ出したい。
「ふはっ、ははははは」
「え?」
「いやあ、おもしろ、やっべえわ、あんた」
「は? え、いや……」
 先ほどまでの静寂を打ち破るように、緑の大爆笑が響き渡る。
「えっと、緑くん。アイドルくんの脇のした濡れてたら、滅茶苦茶、気になると思う、よ?」
「あはは。そうだな。替えのTシャツ持ってきてるから、取り替えるわ」
「ああ、うん……んn!?」
 取り替えるっていったて――彼は、部屋の隅に置かれたバックから、黒いTシャツを取り出すと、そのまま、気負ているものを脱ぎだした。
 うわああああ。叫びたい気持である。だが、じっと飛び出しそうな悲鳴を俺は抑えた。
「なあ、あんたさあ」
「ん? あ、なに?」
「おグループの色気担当、お前でもよかった気がする」
「へ?」
 いやいやいや。俺はお元気印のイエローですよ?
「なんかさ、お前に満たれてると、ムラムラしてくるわ」
「……はあ、なるほどねえ。……はあ!?」
 いや、今なんか、背筋がぞくぞくしたんですけど。
 なんか、爆弾発言でしたよね、今の。


(了)

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