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✿ぶっかけ自販機
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自販機前。
買ったばかりのコーラの缶に口を付けようとした瞬間、ラージャを衝撃が襲った。
「ハイ、ラージャ!」
背中を思い切りたたかれて、口の中に入り込んで着ようとしていた液体を吹いた。
ぶしゃっと嫌な音を立てて前方に噴出された茶色いそれは、それを販売していた自販機のパネルに飛び散れば、周囲にコーラの独特の香りが広がる。炭酸を打ち付けられた自販機の表面からは、シュワシュワと小さな音がはじけては消えていく。
「おいおい、いきなりぶっかけかよ。だが、ぶっかける場所とモノが違うだろォ?」
この妙な口調の超がつくほど空気が読めない奇妙な男はエルガー、ラージャの仕事上の相棒だ。
その容姿もかなり変わっていて――いや、傍から見れば美男子であることには間違いないのだが、一番に目につくのは、長い髪。陽光を全て反射しきってやると決意を固めているかのような派手な色合いの肩甲骨くらいまである金髪をハーフアップにまとめている。華奢な体躯も相まって、後姿だけ見れば少し背の高い女性に見間違えられそうだ。
ただし、中身に可憐な部分など一握りもない。むしろ彼はトラブルを呼び込む邪悪なやつだとラージャは既に学んでいる。
「ば、いきなり押すな!!」
エルガーを振り向いたラージャが顔を赤くして怒鳴った。
エルガーは、ふっと表情が引き締まる。にやけた顔の筋肉が萎み、急に真面目な顔つきに変化した。
だが、その顔で発する言葉はラージャの感情を逆なでする。
「お前、可愛いな」
「茶化すな! つか、やめろって!!」
叫んだ時、口元に垂れていたコーラの液体が雫になって飛んだ。
慌てて拭き取ろうと袖口を口元に持っていこうとしたラージャだったが、手首が動かない。そう思いきや、エルガーの方向へと手首が引っ張られる。
いや、違う。
ラージャが、袖で唇を拭い取ろうとするその前に、エルガーの白い手がラージャの袖口を掴んだ。そのまま引っ張ると間が縮まる。
「……なっ!!」
次の光景にラージャは瞳を一杯に見開いた。驚きで心臓が止まりそうになる。
「ん、甘いな」
エルガーはつま先立ちでラージャの口元まで背伸びをすると、じゅっと音を立てて液体を啜った。
「ぎゃあああああ!!!!」
ラージャの脳がその行為を確認するまで、一秒間。
自分の唇と彼の唇が触れ合うその感覚に全身の毛孔が急速収縮させて、喉奥から悲鳴が上がった。
「な、ななな、何してんじゃああああ!!!!」
腕の全筋力を使って、自分の身体に引っ付いていたエルガーを引きはがすと一定の距離を取りながらラージャは絶叫する。
「何って、おしぼりの代わり? みたいな?」
小首を傾げながら答えるエルガーについていけないラージャは、何も言えずにはくはくと口を開けたり閉じたり。
「ウェットだったろ?」
にやり。完全に確信犯の笑みを浮かべてラージャを視線で射抜けば、火山が噴火直前のごとくラージャの顔が赤面を通り越して、真っ赤そのものになる。
「わあお、ラージャ、お前、トマトみてぇ」
エルガーが明るく声をあげた。
「くそっ!! 俺の唇を……よくも……!!」
肩を震わせながら嘆くラージャに、エルガーは、ひゅうと口笛を吹く。
「奪っちゃった、奪っちゃったぁ」
妙なメロディを付けながら茶化せば、「もうお婿には行けない……」と調子の外れた口調でラージャはつぶやきがっくりとその場に崩れそうになる。
「おいおい、いいじゃねえか。今の何てキス・ノーカンだぜ?」
「カウント出来る出来ないじゃないんだ、エル……」
「まあ、悪かったって。小さいことは気にしない、だろ?」
「エル、俺には大きなことだ」
「ぼくには小さなことだ。それより、ラージャ、いい事を教えてやろう。ジンジャーエールに罪深き赤き果実たっぷりのトマトジュースを混ぜると、すごく美味しいんだ。こんなちゃちなコークよりもね」
地面に転がっている真っ赤なコーラの缶をつま先で蹴りながらエルガーが言う。
「たまには健康的なものをたしなんだほうがいいぞ、ラージャ」
「好き嫌いが激しいエルにだけは言われたくない」
「何言ってんだ。その好き嫌い激しいやつに気にいられてんだから、お前は幸せだなぁ」
「まるで生絞りとか言ってトマトそのまま手で握りつぶしてジュースにしてそうな人間と一緒にいて本当に幸せだと思うか?」
「お、いいねぇ、ナマ絞り。お前の果実も絞って果汁にしてやろうかァ?」
この人が言うと何故か妙な気分になるのはなんでだろう。
ラージャはエルガーから、ゆっくりと距離を取ろうとする。
「おい、なんでさっきから逃げようとすんだよ」
「いや、何ていうかエル、寒気が……あ、それより」
振り返ってみて、惨状を思い出す。
コーラがぶっかけられたままの自販機はそのままにはしておけない。
どうすんだ、これ。
(了)
買ったばかりのコーラの缶に口を付けようとした瞬間、ラージャを衝撃が襲った。
「ハイ、ラージャ!」
背中を思い切りたたかれて、口の中に入り込んで着ようとしていた液体を吹いた。
ぶしゃっと嫌な音を立てて前方に噴出された茶色いそれは、それを販売していた自販機のパネルに飛び散れば、周囲にコーラの独特の香りが広がる。炭酸を打ち付けられた自販機の表面からは、シュワシュワと小さな音がはじけては消えていく。
「おいおい、いきなりぶっかけかよ。だが、ぶっかける場所とモノが違うだろォ?」
この妙な口調の超がつくほど空気が読めない奇妙な男はエルガー、ラージャの仕事上の相棒だ。
その容姿もかなり変わっていて――いや、傍から見れば美男子であることには間違いないのだが、一番に目につくのは、長い髪。陽光を全て反射しきってやると決意を固めているかのような派手な色合いの肩甲骨くらいまである金髪をハーフアップにまとめている。華奢な体躯も相まって、後姿だけ見れば少し背の高い女性に見間違えられそうだ。
ただし、中身に可憐な部分など一握りもない。むしろ彼はトラブルを呼び込む邪悪なやつだとラージャは既に学んでいる。
「ば、いきなり押すな!!」
エルガーを振り向いたラージャが顔を赤くして怒鳴った。
エルガーは、ふっと表情が引き締まる。にやけた顔の筋肉が萎み、急に真面目な顔つきに変化した。
だが、その顔で発する言葉はラージャの感情を逆なでする。
「お前、可愛いな」
「茶化すな! つか、やめろって!!」
叫んだ時、口元に垂れていたコーラの液体が雫になって飛んだ。
慌てて拭き取ろうと袖口を口元に持っていこうとしたラージャだったが、手首が動かない。そう思いきや、エルガーの方向へと手首が引っ張られる。
いや、違う。
ラージャが、袖で唇を拭い取ろうとするその前に、エルガーの白い手がラージャの袖口を掴んだ。そのまま引っ張ると間が縮まる。
「……なっ!!」
次の光景にラージャは瞳を一杯に見開いた。驚きで心臓が止まりそうになる。
「ん、甘いな」
エルガーはつま先立ちでラージャの口元まで背伸びをすると、じゅっと音を立てて液体を啜った。
「ぎゃあああああ!!!!」
ラージャの脳がその行為を確認するまで、一秒間。
自分の唇と彼の唇が触れ合うその感覚に全身の毛孔が急速収縮させて、喉奥から悲鳴が上がった。
「な、ななな、何してんじゃああああ!!!!」
腕の全筋力を使って、自分の身体に引っ付いていたエルガーを引きはがすと一定の距離を取りながらラージャは絶叫する。
「何って、おしぼりの代わり? みたいな?」
小首を傾げながら答えるエルガーについていけないラージャは、何も言えずにはくはくと口を開けたり閉じたり。
「ウェットだったろ?」
にやり。完全に確信犯の笑みを浮かべてラージャを視線で射抜けば、火山が噴火直前のごとくラージャの顔が赤面を通り越して、真っ赤そのものになる。
「わあお、ラージャ、お前、トマトみてぇ」
エルガーが明るく声をあげた。
「くそっ!! 俺の唇を……よくも……!!」
肩を震わせながら嘆くラージャに、エルガーは、ひゅうと口笛を吹く。
「奪っちゃった、奪っちゃったぁ」
妙なメロディを付けながら茶化せば、「もうお婿には行けない……」と調子の外れた口調でラージャはつぶやきがっくりとその場に崩れそうになる。
「おいおい、いいじゃねえか。今の何てキス・ノーカンだぜ?」
「カウント出来る出来ないじゃないんだ、エル……」
「まあ、悪かったって。小さいことは気にしない、だろ?」
「エル、俺には大きなことだ」
「ぼくには小さなことだ。それより、ラージャ、いい事を教えてやろう。ジンジャーエールに罪深き赤き果実たっぷりのトマトジュースを混ぜると、すごく美味しいんだ。こんなちゃちなコークよりもね」
地面に転がっている真っ赤なコーラの缶をつま先で蹴りながらエルガーが言う。
「たまには健康的なものをたしなんだほうがいいぞ、ラージャ」
「好き嫌いが激しいエルにだけは言われたくない」
「何言ってんだ。その好き嫌い激しいやつに気にいられてんだから、お前は幸せだなぁ」
「まるで生絞りとか言ってトマトそのまま手で握りつぶしてジュースにしてそうな人間と一緒にいて本当に幸せだと思うか?」
「お、いいねぇ、ナマ絞り。お前の果実も絞って果汁にしてやろうかァ?」
この人が言うと何故か妙な気分になるのはなんでだろう。
ラージャはエルガーから、ゆっくりと距離を取ろうとする。
「おい、なんでさっきから逃げようとすんだよ」
「いや、何ていうかエル、寒気が……あ、それより」
振り返ってみて、惨状を思い出す。
コーラがぶっかけられたままの自販機はそのままにはしておけない。
どうすんだ、これ。
(了)
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