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・屋敷編
Wed-03
しおりを挟む滝田が迷わず足を踏みいれたのは、花々たちの宿舎であった。――が、青年は思わずそちら側に足を踏み入れるのに、躊躇してしまう。いっこうに、こちらへ来ない青年は滝田が振り返りながら言った。
「おい、早くしろよ」
青年の困惑に、滝田は彼の横に寄った。
「大丈夫だ」
「だが、ここから先は」
「そうだが、俺を見ろ。使用人につれられているふうにしか見えないから」
そうにやりと笑う滝田に、青年もしかたないと、腹をくくった。
ここから先は、高級――それも、ずば抜けて位の高い、花々の園、である。
ひとりにつき一室あたえられた、各々の部屋が並ぶ。それが廊下の奥に行くにつれてその部屋の広さもだんだんと大きくなっていく。最後から数えて三つ目。その部屋の前で滝田は足を止めた。扉の向こうに向けて滝田が扉を小さくたたいた。冷たい汗が首元を伝う。
「どうぞ」
小さく部屋の奥から返答があった。
滝田が、そっと扉を開ける。
その先に促されて、青年はおそるおそる、室内に足を踏み入れた。
「はじめまして。どうぞこちらへ」
まず、空気が違った。
ふっと、肺に入り込んできたのは、かぐわしい――としか形用できない、不思議な空気。その先に待っていた部屋の主人は、ふわっと柔らかい可憐な花が咲いたかのような、美しい男だった。
艶やかな蝶模様を流しで着こなしたその袖から、白く流れるような腕が伸びて、ゆったりとこちらへと手招きしている。
まるで、柳のようだ。
青年は目の前の美麗な男を思わず凝視してしまった。脇腹を滝田につつかれて我に返った青年は、そのまま、用意されていた座布団の上で、正座した。
威厳。
もしくは圧というものだろうか。
四角い空間に包まれるような、変な感覚だ。
これがこの屋敷のナンバースリーの、部屋。そして、目の前のこの人物が、藤滝美苑の育てた上等な花、その一輪。
「朋華です」
凛とした佇まいの彼が、ゆったりと礼をした。その動作ひとつ。目を奪われる。所作ひとつ、動きひとつ、佇まいひとつ。否、そこに存在しているというだけで、どこまでの輝きを持つものか。
「滝田、連れてきてくれてありがとう。それから、きみ、はじめまして。よくここまで足を食んで来てくれました」
返事をしようとして、喉が震えた。何も出て来ない。
「きみが主さまのお気に入りだね。……顔をみせてくれないか?」
青年がはっとしたとき、既に彼は目の前に来ていた。大きな麗しの瞳がこちらを覗く。黒い垂れた髪が肩にかかり、細い首筋の白さが目に痛い。
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