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・屋敷編

Tue-08

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 先を行く藤滝と、車を運転していた使用人に前後を挟まれる。前と後ろにひとりづつ。この状態なら、簡単に逃げおおせることができる。
 それにここは、外だ!
 屋敷の外、である。これなら、簡単に逃げおおせることも出来る。
 しみのついた着物のなかで、そう思った青年だったが、藤滝が、建物の中へと足を踏み入れようとした途端に、事態が変わった。
「お待ちしておりました! 申し訳ございません、急なことでしたので、手配が済んでおらずに!」
 藤滝が入ろうとした入口から、どっと複数の黒服の男たちが綺麗に整列した状態で、顔を出してきた。
「なっ……」
 藤滝の左右にわかれて、並び、深々と礼をする男たちに、藤滝は、やんわりと手をあげて応えている。
「どうした? 早くしないか」
 藤滝が、こちらを振り返った。弥助は、ごくりとつばを飲んだ。
 脱走のタイミングはいまじゃない。
 まだ冷え切らない自身を抱えて、逃げるにはまだ――。
 藤滝が、肩をよせてきた。嫌だと、身をふるって彼を払いのければ、平手が飛んできた。打たれた頬が熱くなる。
「いいから、来い」
 藤滝が有無をいわさずにそう言った。じっと黙り込んでいると、藤滝が青年の肩に手をまわしてきた。距離が縮まる。触れる。
 それだけで、急に心拍数があがった。
「して、美苑さまは、ご視察とうかがいましたが?」
 黒服に身をつつんだ、オールバックの男が藤滝に尋ねて来た。
「ああ、手を焼いている駄犬がいてね。こいつにも見せてやらなくちゃな。ああ、そうだ、伊佐美いさみ
 藤滝が彼の名前を呼んだ。その語調がいつもよりは、やわらかいことに青年は心臓を弾ませた。何者なのだ、この男は。
「伊佐美、せっかくだから、またに戻るか?」
 ――犬?
 青年はじっとなりゆきを見ていれば、「はい」と嬉しそうに頬をそめた伊佐美が、近くの黒服に何かをささやいた。
「では、ひとまずは、どうぞ、こなたへ」
 伊佐美は深々と一礼すると、闇の王を、建物のなかへといざなった。藤滝と一緒に足を踏み入れた青年だったが、初めて入る建物の中は、どこか薄暗くて、独特の匂いがした。
 ここは、何なのだろうか……。ぼんやりと、ただ広いだけのフロアを眺めていた青年は、黒服の男が手に持ってきたものをみて、ぎょっとした。
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