釣った魚、逃した魚

円玉

文字の大きさ
上 下
95 / 100

#95 会談、七 〈人材活用〉

しおりを挟む
 「私は、コモ王国の執政機関に携わる皆様に伺いたいのです。
あなた方は、異世界人を召喚する以前に、どれ程の自助努力をしましたか、と」

「それは、勿論、精一杯やっております。怠けていた訳ではありません。確かに前国王の討伐遠征では、被害者へのケアが不十分だった側面もありますが、神官の皆さんも頑張ってくれていました」
宰相補佐が必死に言いつのった。 

「ええ、知っています。同行した騎士たちは民を守るため、必死に魔獣と戦いましたし、瓦礫の中に取り残された被災者を、危険も顧みず救出しました。神官たちも魔力切れで倒れる者が続出するほど頑張っていましたよね」

でも、そういうことではないのですよ、と神子様は言った。

「大雑把に言ってしまえば、コモ王国の民を救うために、コモ王国の騎士団や神官たちが身を削って尽くすのは、ある意味当然ですよね?自分の国ですもの。
でもね、召喚者はよその人なのです。縁もゆかりも無い」

「…そ、それは…」
「いや、確かにそれは、本当にすまないとは思っている。だが、我々には他に方法が無いのだ」

「本当にそうですか?」
神子様の言葉に、外交執務官と宰相補佐が眉根を寄せて「どういう意味でしょうか」といらついた調子になった。

「このポーションを研究してきた錬金術師も元々はコモ王国の民ですよ?
私がラグンフリズ王国で出会った片田舎の子供たちや婦人にも、かなり魔力の強い者や生産スキルの高い者が何人も居ました。
加えて、治癒行脚に行った先でも、時折魔力の強い村人もいました。

もっとも、制御方法などを指導されていないことで、本人も自分の能力を正確に把握していない者が多かったようですが。

そもそも彼らはそれほどまでの能力を持ちながら、鑑定を受けてもいなかったのです。
王都の貴族たちですら滅多に持っていないほどの魔力ですよ?

私がこの世界に召喚されてから何度か、貴族は魔力を持つが平民にはほとんど無い。有っても生活魔法程度で、貴族に比べれば格段に弱い。それが普通だと聞かされていました。
貴族が貴族たる所以であり、だからこそ特権を得ているのだと。
ですが、実際に地方に行ってみれば、私が王都で接した貴族と同等か、あるいはそれ以上の潜在能力を持っている人材はあちこちにいたのですよ。

なぜそれらの人材が発掘できなかったか。鑑定にはお金がかかるからです。平民でも中流以上で無ければなかなか捻出できない金額です。
片田舎の農民や漁民、カツカツの生活をしている職人などには到底払えません。

どう考えても、積極的に実態を知ろうとしているとは思えない制度ではないですか?

今回私が知ることになった潜在力の高い子供達…中には大人もいましたが…は、ほとんどがそういった層の人達でした。
私が接した中には、かなり高いレベルの聖魔法が使えそうな子も居ます。
指導によっては浄化ができるようになるかもしれません。

異世界からの召喚者でなければできないと、どこまでくまなく国内の人材を確認してから判断しましたか?
どこまで、それらの能力の底上げを図った上で判断しましたか?

陛下は、そういった層の平民たちの実態をご存じでしたか?
あるいは、そのように十分なケアが受けられず、せっかく能力を持って生まれた貴重な人材を無駄にしてきた、形骸化した制度についてご存じでしたか?」

真っ直ぐに見つめられて、バスティアン陛下はすぐに言葉が返せなかった。
ようやく何かを答えようとして唇が動き始めたときに、末席からエムゾード卿の声がした。

「神子様のお言葉は奥深く、素晴らしい見識だと思います。…ですが、陛下は新たな政権を安定させるために日々邁進しておられます。遠い辺境の農民たちの暮らし向きは、各領主が把握すべき領域です。その件を陛下に伝えられていないだけなのです」

エムゾード卿は暴走しがちな人ではあるが、バスティアン陛下を慕っているのは確からしい。
このような形で、バスティアン陛下が追求されるのは耐えられなかったのだろう。
かといって、今はもう彼には神子様に噛みつく気力は無い。
陛下を庇って釈明をするのが精一杯というところだろう。

だが、明らかにバスティアン陛下は、神子様が問うた諸々の事柄は把握していない様子だ。というより、考えたことも無かったのだろう。

少し残念そうに神子様を見つめると「神子よ…」と語りかける。
「あなたの言っていたのはこういう事だったのだな。私は、あの時あなたの言っていたことを正しく理解していなかったようだ」

あの時とは?
王都の神殿の庭で初めて対面した、あの時のことだろうか。
あの時確か、バスティアン陛下が神子様に言われたことは…。

お手並みを拝見します、だったか。前陛下の悪政の埋め合わせをどうやっていくのか。どう是正していくのか。

現状、あまり高得点はとれていないと思われる。
神子様が言っていたのは多分、神子様に頼らず、今後瘴気問題をどうするのかということと、直近の問題として、末端の民たちの危機的状況をどう改善するのか、ということがメインだろう。

それがあくまでも、離れてゆく神子様を強引な手を使ってでも奪い返そうとしたなんて、そりゃあ、良い評価をもらえる訳が無い。
まあ、切羽詰まったエムゾード卿の暴走だったとしても、止めきれなかった訳だし。

「私はどうやら、あなたの期待には応えられていないようだ。…だが、今、まさしく危険にさらされている民がいるのだ。虫のいい話だとは思うが、今はまだあなたに頼るしか我々には方法が無い。どうか、民を救ってはもらえないだろうか」

「お願いします!神子様、どうか、どうか、お助けください!」
エムゾード卿の悲痛な声が響いた。

「…そんな必死にならずとも。先刻申し上げたように、私は冒険者ですから…」

神子様がそう言いかけたときに、正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。
遮音性の高い部屋だったが、神殿が近いせいかよく聞こえた。

会談は昼食休憩を挟み、午後に持ち越すことになった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の力を搾取される偽物の侯爵令息は本物でした。隠された王子と僕は幸せになります!もうお父様なんて知りません!

竜鳴躍
BL
密かに匿われていた王子×偽物として迫害され『聖女』の力を搾取されてきた侯爵令息。 侯爵令息リリー=ホワイトは、真っ白な髪と白い肌、赤い目の美しい天使のような少年で、類まれなる癒しの力を持っている。温和な父と厳しくも優しい女侯爵の母、そして母が養子にと引き取ってきた凛々しい少年、チャーリーと4人で幸せに暮らしていた。 母が亡くなるまでは。 母が亡くなると、父は二人を血の繋がらない子として閉じ込め、使用人のように扱い始めた。 すぐに父の愛人が後妻となり娘を連れて現れ、我が物顔に侯爵家で暮らし始め、リリーの力を娘の力と偽って娘は王子の婚約者に登り詰める。 実は隣国の王子だったチャーリーを助けるために侯爵家に忍び込んでいた騎士に助けられ、二人は家から逃げて隣国へ…。 2人の幸せの始まりであり、侯爵家にいた者たちの破滅の始まりだった。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

処理中です...