釣った魚、逃した魚

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#91 会談、三 〈心の叫び〉

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「その機械は、完成して世間に出回れば、多くの患者を救えるであろう製品だったのですよ。

それの完成には、10年以上の歳月がかかりました。

仲間達は何度も何度も試行錯誤を繰り返し、時に寝食も、恋人や家族との時間も犠牲にして、失敗しても挫けずまた一から練り直して実験や試作を繰り返し、やっとの思いで創り上げたのです。
完成を見ずに、老いが理由で離脱していった多くの先輩もいました。
後を引き継ぐ若き後輩に、全てを伝え、願いを託した場面もありました。
上手くいかなかったときには、仲間同士でも争いのようになったときもあります。
それでも、一つの目標に向かって、皆で叱咤し合い励まし合い乗り越えて。

それの完成を望む患者さんや、そのご家族、それがあれば助かったであろう人々のご遺族、そういった人々の願いと向き合いながら、一日も早く、一刻も早くと、本当に皆で頑張ったのです。

それらの思いが詰まった結果を託されて、私は現場に、それを実用化させるための最終手続きに向かって居たのに。
分かりますか?
ずっと苦楽をともにしてきた多くの仲間達から見たら、彼らの悲願が詰まったその結果を果たす直前に、最も重要なその責任を放り出して、私は失踪したことになるんです。

私自身の意思とは関わりなく!

私は仲間達を裏切り、無責任にも、何も言わず忽然と消えた!

一体、どうしてくれるんです!
私は元の世界では、卑劣な裏切り者。無責任な恥知らずに成り下がってしまいました!

あなた方の事情?確かにそれも有るのでしょう。
瘴気の浄化は異世界人でないと出来ないと言っていましたよね。
もしそれが本当にそうだとしても、なぜ、私だったのです?
なぜ?なぜ、あともう一日後にしてくれなかったのです?
あと一日あれば。
必ず契約を成立出来たのに!

私が、元の世界での私自身の人生を失っただけなら、まだ諦められる。
でも!私が消えたことで、多くの人が、何よりも大切にしてきたものを失ってしまった。
失わせてしまった!皆の希望を!私のせいで!
あなた方の都合で、私はそんな取り返しの付かない罪の烙印を押されてしまった!
それなのに、助けてくれ?
多くの民を救ってくれ?

私が救うべきだった人達の希望を奪っておいて?
よくそんな事が、言えたものです!

罪滅ぼし?いいでしょう!それならば!
還して下さいッ!あの場所に!あの時間に!!

あの時の契約さえ成功させたなら、いくらでもお望みのまま救済でもなんでもしますよ!」

神子様の両手が机を叩いた。
一気にまくし立てて、息が乱れている。瞳からは涙が止めどなく流れていた。
いつもは冷静な神子様が、ここまで感情を露わにしたのは初めてだった。

おそらく途中までは冷静だったのだろう。
でも言っているうちに感情が爆発してしまった。
そんな印象だった。

コモ王国側の面々はすっかり血の気が引いていた。

神子様は宰相補佐とカイル・エムゾードの方を睨め付けるように視線を廻らせたあと、皮肉っぽくふっと笑って言った。

「神子のくせに、金を取るのか、ですって?」
二人は同時に息を呑んだ。

「金を払って済むなら、まだ良いじゃ無いですか?私は、もしあの時のあの場所に戻してもらえるならいくらだって払いますよ。足りなければ身を粉にして働いてでもね」

「…あ、あなたが、そんな事情を抱えていたとは…。知らなかった…」
「当たり前じゃ無いですか!」
バスティアン陛下の言葉をぴしゃりと遮った。
「知っていて、あのタイミングで召喚なんてしたのなら、今頃私がこの世界を滅ぼす魔王となって居たでしょうよ」

さすがのエムゾード卿も神子様のその態度を「無礼」だなどと睨んだりもしなかった。
そんな勇気など無かった。

彼は、いや、おそらくコモ王国の者達は…神子様にも血が通っていて、普通に人生を積み上げて来たこと、痛みも、怒りの感情もあるのだと言うことを、想像だにしていなかった。

甘やかされてきた幼子が、初めて激怒された時のように恐怖に震えていた。

「グレイモス神官」
神子様は、顔色をすっかり失っている美貌の神官を名指しした。
「当時の記憶は定かでは無いのですが、…もしかすると、あなた、最初に王宮に連れて行かれて、前陛下…当時の王太子殿下に説明を受けている際に、あの部屋にいましたか?」

「お、お応えします。…確かにあの時に、私もおりました」
グレイモスは小刻みに震える手を自らの手で押さえ込みながら、徐に立ち上がって応えた。

召喚されて直ぐの時の話だろうか。
召喚の儀のあと、状況が理解出来ず戸惑うばかりの神子様を、王太子が導いて王宮に連れて行った。

魔力供給のために俺も地下神殿には居たが、その場に置いて行かれ、王宮まで付き従い出て行く大勢の魔法使いや神官の後ろ姿を見送った。あの中に、グレイモスもいたと言う事か。

ああ、だからだったのか。
だから、彼は最初から大分神子様への当たりに同情的だった。

彼は震えて続けた。

「まことにお恥ずかしい事です。

神子様は、当時の王太子に王宮へ導かれた際、先ほどの話を…神子様が元の世界で、いかに重要な使命を負っていたか、その責務を果たすことを悲願としていたかを、王太子殿下に切々と訴え、その上で『だから今すぐ還してくれ』と必死に懇願されたのを見ておりました。
そして、その際に王太子が、なんと応えたのかも知っております。

…ああ、どうか、お許し下さい!
それでも…当時の私は、神子様に同情こそ覚えましたが…それでも、やはり召喚者は神に選ばれた救世主なのだと、何はともあれ救いの手を差し伸べてくれるのは確かなのだと…疑いもせず…王太子の発言を、……今、この時ほど恥とは…感じませんでした…」

…何を言ったというのだろう。あの王太子は。
このグレイモスの様子から窺うに、よほどのことを言ったのだろうか。

「…王太子は…前陛下は、その時、何を言ったんだ?」
アウデワート騎士が訊いた。その場に居る全員の疑問の代弁だった。

震える息を整えながら、何度も逡巡した後、やっとの思いでグレイモスは応えた。

「…す、…素晴らしい…と…」

―――― は?

ガヌ公国の監督官や背後に立つ騎士達からも、思わず声が漏れたのが聞こえた。
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