釣った魚、逃した魚

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#87 海辺の別荘地

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 あの巨大なクラーケンの死骸を片付けるのは、相当な費用と労力を注ぎ込まねばならないだろう、と神子様は思ったらしい。

それ故に、クラーケンの図体に見合った巨大な魔石は、その費用に当てて欲しかったとも、語っていた。

また急遽その夜に謁見の間にて、集められる貴族の面々を揃えた中で、神子様と俺への叙勲を、と言われたのだが…。
正直、そこまでの気を遣われるとかえって申し訳ない気持ちだったから、お気持ちだけで、と伝え辞退した。何しろ自分は冒険者ですから、と。
取りあえず労いのお言葉だけでも充分光栄です、とも。

神子様にしても、もう魔石の換わりにお米がもらえる事になったから、それで充分とは言っていたのだが。

けれども、国王陛下としてはやはり、言葉だけで済ますわけにはいかないとの事。
面子とかも有るのかも知れない。
アーノルド様からも「せっかくのお申し出なのだから、お受けすべきだ。君だって誰かに感謝を込めた贈り物を差しだして、突き返されたら悲しいだろう」と言われて、それもそうか、と思った。

そしたら、勲章はともかく、別荘地などはどうか、と提案された。
なぜか神子様は、その申し出には素直に食いついた。

「では、未開発の…あるいは過疎化している小さな漁村を頂けませんか。そして、そこにラグンフリズと直通の転移ポータルを置く事を許可して頂きたいのです」

単純に、新鮮な海の幸が食べたいからという理由だった。
「米飯と魚介類の組み合わせはもう、至高ですから。いつでもポンと来て食べられたら天国です!」
邪気無くそんな事を言われては、両国王陛下、貴族達も笑うしか無かった。

敢えて寂れた場所が良いと言ったのは、多分土地も空いているだろうからと言う理由。
自由に新しい建物を建てられるから、と。

そうは言っていたけれど、俺は分かっている。
そこに転移ポータルを設置すれば、新鮮な海の幸がそのまま山岳地帯であるラグンフリズに運び込める。
寂れた漁村はあっという間に活性化するだろう。

実はこの後、シャンド国王とアーノルド様が話をサクサク進め、なぜか俺にシャンド王国の騎士爵位が与えられた。
そして、神子様が乗り気だった『別荘地』だが、所謂寂れた漁村をデスタスガス士爵領として拝領する形となった。

シャンド国王側としては、身分を超越している神子様に爵位や領地を授けるのは逆に不敬では無いかと言う考えから、取りあえず俺に与えて、神子様ご夫妻に…と言う形としたらしい。そんな説明を受けた。

王妃殿下、王太子殿下はじめ、王子王女様達から「いつでもいらしてください」と、握手を求められた。
俺は元は平民ですよ?と、手を差し出すのを憚ったのだが「英雄の手を握れた事を末代までの自慢にする」と言われてしまい、恐縮しながら握り返した。

あのクラーケンは、とどめこそ俺が刺したけれど、神子様有っての成功だった。
神子様が居なければ俺も危なかったのだ。
英雄などと言われるほどの活躍はしていない。
そう言おうとしたけれど、神子様に目線で黙らされてしまった。



安心して航海が出来る状態となり、出航の日は港湾に大勢の人が集まった。
それだけで無く、海上警備隊の大小の艦船や、中型、小型に至るまでの漁船も波間に浮かぶ花びらのようにあちこちで揺れながら、手を振り、歓声を上げ、太鼓やラッパを鳴らしながら送り出してくれた。

「王族が100年交流するに匹敵するような外交成果だ」
アーノルド様に思い切り肩を抱かれた。

結局、別働隊として、魔道具を使ってクラーケンを呼び寄せていた犯人は市井担当の騎士団が追い詰めたが、最終的には死体となって発見された。
現在身元を調査中だとの事。

「コモ王国のクーデター組、カイル・エムゾードと心を通わせていた強硬派のグループの者です。
私が会談の席に彼を呼びつけた事で、大陸中にさらし者にされる形で彼が断罪されると思い、暴走したようです」
神子様はさらりと言った。盗聴で知り得た情報なのだろう。

アーノルド様は、ため息をついた。
「…まあ、何となく、そんな事だろうとは思ったが。目的のために、他国を巨大モンスターの脅威にさらすやり方は、質の悪いテロリストだ。新国王陛下の統率はどうなっているんだ」

「あの方は、自分を慕って集まってきてくれた若者達に対し、冷徹に手綱を操る事が出来ない人なのでしょう。誰の話も良く聞くけれど、厳格に否を突きつけるべき場面で、あまり手厳しくは出来ない。…まあ、お優しいのでしょう。あと、信仰心からもあるのかもしれませんね。誰の事をも救いたいと思っていらっしゃるようです」

「…ならばやはり独立万歳だ」

もう殆ど霞んで、見えなくなっている陸地に目をやりながら呟いたアーノルド様の声は、帆布のはためく音にかき消された。
頭上を海鳥が、声を上げて旋回して飛んでいった。
風や波に重い圧をかけられ、揺れる度に船体が軋む音がする。

「ああ、それから…」

風に踊る黒髪を手で押さえながら、遠い水平線を眺めていた神子様が、眩しそうに瞬いてアーノルド様を見上げ、少し言いにくそうに告げる。
「戴冠式の前に、王都を何度も魔法攻撃してきたのは、ヴァテオ侯爵家のお抱え魔道騎士軍団のようです」

ヴァテオ侯爵!
それこそ、アーノルド様を廃嫡に追い込んだ元凶の男だ。

「…アイツか…」
アーノルド様は額を押さえた。

「立ち回るのが上手な方なんですねえ。今回のクーデターでは、随分中枢の貴族達が引きずり下ろされましたが、その失脚組から逃れて、しっかりと生き残っているのですから」
神子様の声には少し皮肉っぽいニュアンスがあった。

「姉がヘルミーネ妃の兄の奥方だからだろう」

つまり、神殿に伝手があると言うことだ。
なのに、教皇猊下一行が滞在されていたところに、魔法攻撃を放たせるとは。
神殿の伝手を利用しているくせに、信仰心は無いらしい。呆れる。

――――死ねば良い、クズ野郎!

頭で思っただけのつもりでいたら、神子様とアーノルド様が声を上げて笑った。
廻りに侍っていた騎士や従者達も俯いて肩をふるわせている。

…しまった。
どうも、うっかり思ったことが口から漏れていたらしい。
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