釣った魚、逃した魚

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#86 お米をください

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 沖の方に、クラーケンの巣が有るのは確かなのだろう。

シャンド王国の、王都の港湾は幅が広く、弧を描いて居る。大きく突き出す岬に囲まれた内湾の最奥だ。
クラーケンは外海の遙かな公海に出没した記録が有る。
そこにばかり出没するという事は、その生物にとってそこが快適だからだ。
深さ、海流、水温などなど。

今回のクラーケンは岬に囲まれている内湾に現れた。
人為的な現象だろう、と、シャンド王国の騎士団も国家警備隊も捜査している。
そこで、魔道具を用いて呼び寄せた者が居る事が突き止められた。
この数日でだいぶ目星を付けているようだ。

そちらも、お国に任せることにした。
俺達はクラーケン討伐に集中する。

警備隊の捜査で追い詰められていることを知ったらしく、どうやら犯人はその魔道具を使用することを止めた。
使えば優秀な魔道捜査官に魔術の痕跡を追跡されて、アシが付いてしまうからだ。

薄々感じてはいたが、どうやら、今回の第三国での会談を阻止したい者が、コモ王国側に居るようだ。
神子様の“盗聴”でそれは確信となった。



海上警備隊の巡視船に乗り込んで、索敵しながらクラーケンが居る場所に近づく。

魔道具を使って、少し離れた外海の方におびき寄せる。
外海ではあるが、周辺よりは水深が浅めの場所だ。

おびき寄せる魔道具は、犯人の使っていた物と同じ。
当然、海上警備隊も所有している。
彼らが使用するのは、うっかり危険領域に迷い出て来たクラーケンを、船舶の航行に影響を及ぼさないよう、いつものクラーケン生息エリアに誘導するためだ。
人間の生活に実害さえ無ければ、敢えて危険を伴う討伐をする必要は無いが、一度船を襲ったクラーケンはまた襲う。
かなり純度の高い、動力源が積まれているからだ。



ある程度の距離感を持って、船が停止する。
近くまでおびき寄せる。

海面が丘のように盛り上がって寄ってくる。

丘の頂上が割れて、クラーケンの頭頂部分がのぞき、そのまま丸みのある山のような巨体が目の前に聳える。それ自体、別のモンスターのような巨大な脚が、背後と脇の方から滝よりも厚みのある怒濤のしぶきを振らせながら船を捉えようと海面に出現する。

海上警備隊員達が思わず声を上げた。
だが、船全体を神子様の結界が包み込み、僅かに海面から浮かせていることで波しぶきに船が揉まれることは無い。

時間をかけ、ゆっくりと水位の上昇が陸地にまで押して行く。
魔導師達の結界が見えない壁を作って一帯を護る手はずになっている。

クラーケンの弱点は両目の真ん中の奥深くにある。そこが魔核だ。
そして、雷属性の攻撃に弱い。
すかさず相手が俺を認識する前に目に向けて、ヒットした瞬間、雷撃を伴って炸裂する石弾を投げる。

片眼が潰れた。

轟音のような咆哮を上げて、巨大な軟体魔獣が一旦沈んだ後また海面を割って伸び上がり、辺り一面に渦が生じ、海中で暴れた脚が海底の岩礁を破壊する。
神子様の結界に包まれている船は渦に呑まれることは無い。
ただ、大量の水しぶきを浴びて、神子様の視界が眩んだ影響で、結界ごと少しだけ揺れた。

俺は大剣に魔力を込める。
魔力そのものを、研ぎ澄まされた刃の延長として横一閃した。
手前に迫っていた足と、その横から迫り来る更に二本の足がスパスパと斬れて海面に落ちる。そのうちの一本は本体にほど近い。
逆を言えば、脚に邪魔をされて本体にその攻撃が届かなかったという事だ。

俺を主敵と認識したクラーケンは、数本の足を伸ばして来て、捕らえようとする。
片眼も潰されているから、相当に怒っている。真っ直ぐにこちらを見ている。

神子様の強い身体強化を受けて居る俺は、迷わず船縁を蹴って躍りかかった。
伸ばされてきた足を踏み台にして、ジャンプしようとしたが、表皮のぬめりに思った以上に足を取られる。
ぐらついた俺の背を、神子様の風魔法が押し上げてそのまま本体に飛ばしてくれた。

俺の大刀をちょうど両目の間に深く刺し込む。
巨体から見たらトゲが刺さった程度だ。

だが、切っ先に魔力を込めて雷を放つ。

クラーケンは体の内部で起きた雷撃に体を震わせて強ばる。
込めた魔力が迸って内部深く浸潤し、魔核に向かって突き進む。

不気味な轟音を発しながら、クラーケンの体が激しく上下に揺れ、俺の体は一本の足に弾かれた。
大量のしぶきで視界を遮断され、弾かれて宙を舞っていることで天地も見失っていた。

「ミランッ!!」
神子様の声がして、何かに体が引き寄せられる。
気がついたときには、ふわりと甲板の上に下ろされた。

次の瞬間、なぜか神子様が消えた。おそらく何処かに転移したのだと思う。

あわてる海上警備員達。
皆がキョロキョロと見回して「神子様?」「神子様が消えた?」とざわついているが、俺は、かなりのMPを急激に消費して力が出ず、すぐには立ち上がれずに居た。

暫くして、やはり突然に元の位置に神子様が戻った。その手には俺の大剣があった。

討伐の際に起きた荒波が鎮まるのを待つために、何時間か航行してから、王都の港に向かった。

港に着いたときには歓声に迎えられた。

その日のうちに多少の水位上昇を繰り返したが、さほど大きな被害も出ずに収まったらしい。

巡視船にセットされていた記録魔石と、海上警備員達の報告で、詳細が伝えられたようだ。
俺は帰還した時点で、疲労のため爆睡していたから、後から聞いた話だけど。

俺の回復を待って、翌日に労いの宴を催してくれた。
もともと、ラグンフリズ一行をもてなす一環として、その日には日中、ガーデンパーティが予定されていたのだが、魔導師達や海上警備隊、様々な準備を調えてくれた騎士団や内政官達も集めての、盛大だが気取りの無い真昼の宴となった。
尤も、魔導師達の中には魔力切れで参加出来なかった者も何人も居たのだが。

宴もたけなわとなった頃合いで、中庭の開けた芝生の上で、神子様が死骸から採取してきたクラーケンの魔核たる巨大魔石を置いた。
インベントリに収納していたのを出して、シャンド王国の国王陛下に献上したのだ。

「い、いや、それは…、討伐を成し遂げてくれた神子様と騎士殿が手にするべきだ」

「いえ。でしたら、コレの換わりにお米をください」

宴会の喧噪が一瞬にして止まった。
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